戦後日本人の思考回路を作った? アメリカ「対日宣伝工作」の真実

安易な善玉・悪玉史観に陥らないために
賀茂 道子 プロフィール

協力した日本人捕虜たち

ビラは、日本人捕虜たちの協力を得ることで、より完成度を増していった。

そもそも日本兵は捕虜になることを禁じられていたため、捕虜となった場合の教育を受けていなかった。そのため、日本人捕虜は、一旦心を開くと、驚くほど簡単に部隊の情報などを話した。また、日本兵は、部隊が撤退する時に、日記を土の中に埋めていったため、それを見つけた米軍が、そこから日本兵の心理を探ることができた。

実際に、捕虜の聞き取りから得られた情報は、ビラに反映された。例えば、日本人捕虜の写真を掲載したビラに対し、捕虜たちから顔を隠してほしいとの意見が出されたことで、目に黒い目隠しをいれるようになった。

自分が捕虜になっていることが他の日本兵に知られると、故郷の家族の不名誉になると同時に、それを心配して日本兵が投降を渋るようになる可能性があったからである(ただし、その後、写真に写った捕虜が本当に日本人かどうかの判断が出来なくなるため、目隠しは中止となった)。

 

当初は、投降する際に掲げるように指示したビラに「降伏(surrender)」の文字が使われていたが、これに日本兵は拒否反応を示すため、「抵抗をやめる(I cease resistance)」との言葉に変わった。さらに、時には捕虜がビラの作成に直接関わることもあった。

捕虜からの聞き取りで、兵士の士気を下げて投降を促すという点においては、軍国主義者を攻撃するようなイデオロギー色の強いビラは、ほとんど効果がないことが確認されていたが、こうしたビラの投下は終戦まで続いた。対日心理作戦は、軍国主義者と国民・天皇の間にくさびを打ち込むことを方針としていたため、戦争の責任は軍国主義者にあって、国民・天皇にはないことを明らかにする必要があったからである。

そのため、ビラでは天皇については一切触れられず、国民及び下級兵は軍国主義者の犠牲になった者として描かれていた。この方針は、真実を伝えることと並んで重要視されていた。

米軍ビラを通じて真実を知った

沖縄が陥落し、いよいよ米軍の本土上陸作戦が迫ってくると、対日心理作戦の対象は戦場の兵士から日本国民へと移っていった。さらに、日本国民に無条件降伏の受け入れと戦後を睨んで占領政策の受け入れを促すという、新たな目的が加わった。

日本政府は、投下されたビラを拾った場合には直ちに警察に届け出るよう指導していた。また国民に向けて、ビラに書かれていることは真実ではないとの声明を出していた。しかしながら、占領開始後の日本の国民や政府高官からの聞き取り調査では、ビラが対日占領に少なからず好影響を与えたと考える人が多かった。

米大使館駐在武官を勤めた原口初太郎は、次のように答えている。

「最初、国民は我々のプロパガンダを信じていたので米軍のビラを信じなかったが、空襲の被害が大きくなるにつれ、次第に政府のプロパガンダが嘘でビラに書いてあることが本当ではないかと疑い始めた。

天皇が終戦を決断し、米軍が上陸した後、その振る舞いの良さを目の当たりにし国民は、米軍の撒いたビラを思い出した。彼らは『米国の言っていたことはすべて本当であったのだ』と感じた。

私は、宣伝ビラは、占領を国民が受け入れる手助けという点において大きな影響を与えたと思う」

特に、空襲予告ビラの効果を上げる者は多かった。空襲予告の後、実際に空襲が行われたことで、米国の情報が真実であるという信頼感が増した。さらに、占領開始後、日本政府によって発表された真実の戦況を前に、ビラに書いてあったことは本当であったのだと実感したと言うのである。

もちろん、泣く子もだまると言えば大げさかもしれないが、時の権力者GHQの聞き取りである。権力者にすり寄るのはいずれの時代も同じ、そこにGHQに対して媚びへつらう気持ちがなかったとは言えない。

1946年7月、東京都心で行われた米独立記念日の祝賀パレード(Photo by gettyimages)

ただし、GHQが抜き打ちで行っていた手紙の検閲報告書では、占領開始直後の1945年12月には、GHQに関して触れた手紙の9割以上が好意的であったことが報告されている。また、この当時の個人の日記を読んでいると、しばしば占領軍に対する好意的な記述がみられる。

こうしたことから、少なくとも多くの国民にとって、軍部が台頭していた戦前の政治よりも、占領下のほうがマシであり、信頼感があったことは間違いないであろう。その信頼の背景に、ビラに真実が書かれていたことがあったのである。

もう一つ、ビラの影響として注目すべきは、内大臣として天皇に仕えた木戸幸一の発言である。木戸は、天皇が終戦を決意した理由の一つには、国民が米軍のビラによって真の戦闘状況を知っていることにより、終戦を容易に受け入れてくれると判断したことがあったと答えている。

それが終戦の決断の大きな理由ではないにせよ、米軍のビラ投下がなく、国民が真実を知る機会がなければ、終戦の決断が遅れていたかもしれない。