ロヒンギャ難民キャンプで、医療支援者が見た「耐え難い現実」

いったい何が起きているのか?
望月 優大 プロフィール

今に始まったことではない

――子どもの割合がとても多いと聞いたのですが、親御さんを失った子どもたちはどうしているのでしょうか。

具: 親戚など身寄りがいる場合はその人たちと一緒に暮らしている子もいます。ビニールと竹でできた家にたった一人で住んでいる子もいますね。

――たった一人で……。

具: もし自分が彼らの立場だったらと想像すると、「なぜ私たちに対してあんなに冷静に対応できるんだろう」と思うんです。どうやって現状を受け入れ、外部者をもこんなに受け入れて、しかも笑顔で話してくれるんだろうと。

これまで彼らがどれだけの経験をしてきたうえでのことなんだろうと思います。強いなって。その裏には強くならざるを得なかった理由があるんだろうなと思うんですね。

 

――昨年の夏に始まったことではない、という意味合いもありますか。

具: そうですね。彼らはこれまで何世代にも渡っていろんな辛い思いをしてきている。今逃れてきている人々の両親、その前の世代から延々と続いている。

段階的に様々な権利を剥奪されていき、最後には国籍も奪われて、外部者として住む権利だけを与えるというところまでいってしまった歴史があります。

(写真:Arnaud Finistre)

――現在が非常事態であるというだけでなく、ホームランド(ミャンマー)にいた頃からすでに日常と非常事態の混合が続いてきたということですね。

具: 今「帰還」ということが言われているわけですが、これまで何世代にも渡って剥がされてきた権利がすぐに戻るとは当然思えないわけですよね。安全に心落ち着かせて住めるとは到底思えないわけです。

にもかかわらず遠くの場所でなされた国と国の合意で、自分たちの意思とは関係なくその場所に帰されてしまうかもしれない。その恐怖はどれほどのものでしょうか。

数名の証言でしかありませんが、もちろん「生まれ育った国に帰りたい」という思いはあるそうです。

でも、それはあくまで「自分たちがバングラデシュに来る理由となったような出来事がもう起きない」、つまり「自分たちの身の安全と尊厳が保証される」ということが条件です。

もしその保証がないままに強制的に帰れと言われるのであれば「ここで死ぬ」「ここで死んだ方がマシ」、彼らはそう言っていました。

(取材日:1月27日)

後編では、世界の医療団が現地でどんな人々とどのような役割分担で支援を行っているのか、キャンプの中には支援団体以外にどんなプレイヤーがいるのか、支援活動を通じて今どんなことを感じているかなどを聞いていく。

また、私も3月前半にキャンプのあるコックスバザールまで足を運んで取材をすることが決まっている。現地で得た情報をリアルタイムで発信していくので、関心を持たれた方はぜひSNSのフォローだけでもいただけたらと思う(TwitterFacebookInstagram)。

(世界の医療団によるロヒンギャ難民支援プロジェクトへの寄付はこちらから行うことができる)