サンゴ礁からの警鐘 第1回:「海の生物多様性」が危ない

「7割死滅」の次に待ち受けていること
山本 智之 プロフィール

死にゆくサンゴが放つ「断末魔の輝き」

石西礁湖やその周辺のサンゴ礁で大規模な白化現象が起きたのは、今回が初めてではない。最近では2007年にも、深刻な被害に見舞われている。私はその年の8月、現地のダイビングショップの方に案内していただきながら、石垣島の沿岸で潜水取材を行った。

海底を覆うサンゴの多くは本来、褐色や深緑色をしているのだが、そのときの海中には、色が抜けて真っ白になったサンゴの林が延々と広がっていた。直径が1メートルを超す大きなテーブル状サンゴも、全体が白いペンキを浴びたような姿になっていた。ひどい白化が見られたのは水深1~2メートルの浅い海域が中心だが、高温に弱いトゲサンゴ(Seriatopora hystrix)などの種類は、水深10メートルでも白く変色していた。

空気タンクを背負って海に入り、すぐに気づいたことがある。

海の中が全体にボーッと明るい光に包まれているのだ。雪をかぶったように白くなったサンゴの林のせいで、海面から差し込む太陽の光が乱反射していたのだった。

白化したサンゴは、真っ白なものばかりではない。明るいブルーや、淡いピンク色、レモン色のものもある。まるでお菓子の金平糖のようなパステルカラーに「変身」したサンゴたちの姿は、正直なところ、これまでに見たことのないような美しいものだった。

しかし、こうして白化した状態が長く続けば、サンゴはやがて死んでしまう。息をのむように美しく、明るい光に包まれた海中の風景。それは、死に直面したサンゴたちが放つ、「断末魔の輝き」だったのである。

「焼け野原」のような寂しい風景

大規模な白化現象が起きた翌年の2008年、私はふたたび石垣島を訪ねた。石西礁湖のサンゴの状況を把握するため、国立環境研究所と共同調査をするのが目的だった。

調査では、朝日新聞社機の「あすか」(写真5)を使って、石西礁湖の上空約3000メートルを繰り返し飛行した。海面のデジタル写真を高解像度で1095枚撮影し、生きたサンゴが占める海底の割合がどのくらいあるのかを算出した。

写真5 「空からのサンゴ調査」に使用した朝日新聞社機「あすか」=山本智之撮影

その結果、石西礁湖内に残っていた生きたサンゴの割合は6.2平方キロメートルであり、5年前の18.7平方キロメールに比べて7割も減っていることがわかった。前年に起きた白化現象の深刻さを物語る調査結果だった。

この「空からのサンゴ調査」のデータを補う目的で、私は研究者と一緒に石西礁湖内の海に潜り、海底のようすを観察した。現地調査したのは約30ヵ所。石西礁湖の北部には健全なサンゴがかなり残っていたが、多くの海域で死滅したサンゴが広がっていた。

波のせいで原形をとどめずに崩れてしまった群体も多く、死んでがれき状になったサンゴが広がっていた。そうした場所は、魚の数も種類も少なく、文字どおり荒涼とした眺めだった。

あの2007年の大規模白化から9年──。徐々に回復しつつあった石西礁湖のサンゴをふたたび襲ったのが、今回の高水温だった。白化を経て死滅したサンゴはもろくなり、いずれ強い波によって砕かれ、「がれき化」するだろう。かつて私が目にした、焼け野原のような寂しい海中風景が、またも繰り返されることになる。

サンゴは本来、しぶとい生物である。コンクリート製の波消しブロックや浮桟橋など、人工物の表面にも付着して育つし、ポロリと折れた小さな枝からも見事な群体を作る。しかし、地球温暖化が進み、今回のような大規模な白化現象が短い年数のうちに繰り返し起こるようになれば、サンゴがダメージから回復し、元の姿を取り戻すのは難しくなるだろう。

「海の熱帯雨林」に迫る危機

「サンゴ」と「サンゴ礁」はよく混同される言葉だが、前者は生物、後者は地形を意味する。そして、海底にサンゴが生えていても、そこがサンゴ礁であるとは限らない。たとえば、千葉県の房総半島沖にも、岩の上にサンゴが生えている場所はあるが、サンゴ礁とはよばない。

石灰質でできたサンゴや貝類、有孔虫などの骨格や殻が長い年月をかけて堆積し、形成された地形がサンゴ礁だ。気候条件としては、最寒月の平均水温がおおむね18℃以上であることがサンゴ礁の形成に必要となる。石西礁湖の場合、数千年という長い年月をかけて大量に積み重なった石灰質の層の上に、生きたサンゴが生えている。

健全なサンゴ礁には、大小さまざまな種類の魚たちが集まる(写真6)。

写真6 健全なサンゴ礁には、さまざまな魚たちが集まる=オーストラリアのグレートバリアリーフ、山本智之撮影

サンゴ礁の面積は世界の海の0.1%にすぎないが、そのわずかな面積に海産の魚種の4割が生息していると推計されている。貝類やウミウシなどの軟体動物、エビやカニなどの節足動物、ウニやヒトデなどの棘皮動物……。その生物多様性の豊かさから、サンゴ礁は「海の熱帯雨林」とよばれる。

温暖化が進み、海水温が高くなるにつれて、石西礁湖で起きたようなサンゴの大規模な白化現象が今後、国内外で頻発する可能性が高い。そして、サンゴ礁の生態系が直面する危機とは、すなわち、生物多様性の危機である。

サンゴの体内には「褐虫藻(かっちゅうそう)」という微細な藻類が生息しており、サンゴに栄養を与えている。しかし、高水温などのストレスが加わると、この褐虫藻が大幅に減り、その結果、サンゴの骨格が白く透けて見えるようになる。これが、白化現象の基本的なしくみだ。

サンゴを語るうえで不可欠な褐虫藻については、回をあらためて詳しく紹介することにしよう。(次回に続く)