ああ、灘高よ…日本で一番勉強ができた子たちの「その後」

大人になって思う、僕らは変人だろうか
週刊現代 プロフィール

勉強以外に何ができるんやろ

とはいえ今も、灘高生の医学部志望は増え続けている。なぜ医者なのか。背景には「親の刷り込み」もあるようだ。

「母親は、『せっかくなれるんだから、お医者さんになったらいいわよ』と昔から言っていた。父親はサラリーマンで母は主婦、両親が天下国家を論じる姿を見たことはないし、東京で一旗揚げろと言われたこともない。母親が医者に対して持っているイメージは、お金が儲かる上に尊敬される、というものでしょう」(医者になった卒業生)

ここにも、灘の"ローカル色"が微妙に影を落としているのかもしれない。では、企業に勤めた場合はどうか。これは我が身を振り返っても思うが、灘高生はおしなべて呑気で平和主義で、生き馬の目を抜く出世競争に向かない。

先ほどイジメがないという話をしたが、基本的に他人のやることには「不干渉」を貫く。他人は他人、オレはオレ。従って、リーダーやマネジャーとしての資質に欠けている人間も多い。

 

これまで挙げたのは、あくまで灘高生の「平均的な特徴」である。どんな業界であれ、リーダーシップとチャレンジ精神を発揮している卒業生はいる。東大法学部を卒業後、ネットゲームなどを扱う「芸者東京エンターテインメント」を立ち上げた田中泰生もその一人だ。

「明日をも知れない仕事ですが、『自分はプレーヤーとして戦っている』というやりがいを感じます。灘の卒業生を見ていて、もったいないな、と思うことは正直ある。灘高生の発想の基本は『ミドルリスクミドルリターン』。常に均質な世界にいて、社会人になってもそこから出ようとしない人が多い。みんなスゴイ能力を持っているのに、『甲子園球児が大学で野球サークルに入る』といったイメージでしょうか」

極めて優秀な子供たちが集まり、均質かつ関西ローカルの環境で6年間のほほんと過ごし、社会に出てからハッと気がつく。

「俺って、勉強以外に何ができるんやろ・・・」

そこから奮起できるかどうかは、まさしく本人の頑張り次第。灘高に入ったからといって幸せな人生が約束されているわけではもちろんない。ただ一つだけ確かなことがある。すべての灘高卒業生は、その後の成功不成功にかかわらず、

「俺は灘高生だった」

という思い出を、心のどこかに大切に抱いて生きている。

(文中一部敬称略)