太陽系ヒッチハイク・ガイド

生命1.0への道 第4回
藤崎 慎吾 プロフィール

火星の生命探査計画も構想中

前述の通り「たんぽぽ計画」における微生物の捕集や宇宙空間への暴露実験は、生命が火星から地球へやってきた可能性の検証になっている。しかし本来、その前に検証しなければならないことがある――火星で生命が誕生した可能性だ。

H. G. ウェルズのSF小説『宇宙戦争』(1898年)以来、火星人といえば頭でっかちのタコみたいなイメージが定着している。だが着陸機やローバーを含む近年の探査で、知的なタコがいる可能性はほぼ絶望的となった。とはいえ生命の存在自体が否定されたわけではない。むしろ期待は大きくなっている。

30~40億年くらい前、地球と火星は似たような環境だったと、多くの専門家は考えている。火星には海も大気もあった。地球に生命の誕生する可能性があるなら、火星でも同じだろう。むしろ火星のほうが地球より小さい(質量で約10分の1)ため誕生後は迅速に冷え、マグマの塊みたいな灼熱の世界から住みやすい穏やかな環境へと、先に変化したかもしれない。

そうであれば生命が誕生したのも、地球より早かった可能性がある。すると地球生命の故郷は火星だった、というロマンチックな仮説が、わりと現実味を帯びてくる。

ところが冷えやすいというのは諸刃の剣で、火星は寒々とした不毛の世界に変わるのも早かった。火山やマントルの活動が止まってしまうと、宇宙空間へ逃げたり、化学反応で地表に固定されたりした大気の成分が補充されなくなる。さらにコアまで冷えて固まってしまえば磁場がなくなり、太陽風などが直接、吹きつけて、さらに大気が剥ぎ取られていく。

温室効果をもたらす大気がなくなれば、ますます寒冷化は進む。気圧が下がって蒸発しやすくなった海水は、やはり宇宙に散逸したか、あるいはその前に地下で凍りついた(注8) 。今の火星の風景は、まるで赤茶けた砂漠のようだ。少なくとも液体の水はないし、大気は地球の0.6%程度しかない。そこに植民しようという計画を進めているNPOもあると聞くが、個人的には住みたいと思わない。

しかし山岸さんによれば、こんな世界にも微生物なら生き残っている可能性があるという。生き残っているものを見つければ、あるいは化石や凍結状態で発見できれば、火星における生命の誕生も証明したことになる。

今の火星に海がないといっても、水自体が全部なくなってしまったわけではない。少なくとも氷は極地方にあるし、探査機のレーダーによって地下にもあることがわかっている。2008年に探査機「フェニックス」がロボット・アームで地面を掘ってみると、白っぽい氷のようなものが出てきたこともあった(写真7)。

写真7 「フェニックス」が火星の地表を掘った跡。黄色い枠内は影になっている部分の拡大図。左が掘削直後で、右が4日後――氷と思われる白い部分が、消えたり薄くなっていたりすることがわかる

小さなスコップで掘ったくらいだから、大した深さではない。しかも、その白いものは数日後に消えていた。おそらく昇華(固体から液体を経ず気体になること)してしまったのだろう。さらに地下深くなら圧力と地温との関係で、液体の水も存在しうる。谷底のような低い場所であれば、大気圧がちょっと高くなるぶん、わりと浅いところに水があるかもしれない。

実際、衝突クレーターや峡谷の斜面で、水の流れたような跡が見つかっている。毎年、春から夏にかけて黒っぽい筋のような模様が表れ、秋から冬には消えてしまうのだ。この現象は「リカリング・スロープ・リニア(RSL)」と呼ばれている(写真8)。濃い塩水のように融点の低い液体が、暖かくなると地表に噴きだすのではないかと言われてきた。最近は砂が崩れて流れた跡だとする見方も出てきたが、そうだったとしても季節的にくり返されることから、地下の水が関与している可能性は高い。いずれにしても、そのような水の中でなら、微生物が暮らすこともできる。寒くて凍っている間は、休眠していればよい。地下ならば有害な紫外線も届かない。

写真8 ニュートン・クレーターのリカリング・スロープ・リニア(GIFアニメーション)(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Warm_Season_Flows_on_Slope_in_Newton_Crater_(animated).gif)

山岸さんらが探査したいと考えているのも、RSLが起きるような場所だ。生命を探すといってもいろいろと方法はあるが、1975年打ち上げのバイキング探査機以来、よく使われているのが質量分析装置である。
これは言わば生物由来の有機物を見つけだして、間接的に生命の存在を証明しようとする方法だ。ヨーロッパが中心となって進めている「エクソマーズ計画」では当初、抗原抗体反応を利用した「生命マーカーチップ(LMC)」なるものを使おうとしていたが、これも間接的な点では質量分析と同じである。

一方で山岸さんらが目指しているのは、生命の直接的な発見だ。

生物学の研究室でごく普通に見かける蛍光顕微鏡は、微生物などを観察するのに使われる。小さい試料は透明に近くなるため、さまざまな色に染めて目立たせる。このとき、ある種の蛍光色素を使うと、より観察しやすくなるばかりか、その試料の性質や状態まで知ることが可能だ。たとえば細胞だとしたら、それが核酸を持っているか、細胞膜を持っているか、そして生きているか死んでいるか、といったことまでわかってしまう。

この蛍光顕微鏡は数十cm四方で20kgくらいと、やや大きいのだが、何とか小型化して火星へ持ちこもうとしている。もちろん人間が一緒に行って観察するわけには(今のところ)いかないので、試料の採取から染色、観察、撮影までを全て自動化しなければならない。ハードルは高いが、顕微鏡を載せるローバーまでも含めて現在、開発が進められている(写真9、写真10)。

写真9 火星ローバーに載せる予定の蛍光顕微鏡(上)と、その試作品の一部(下)(図版提供/山岸明彦氏)
写真10 火星ローバーの試作機(写真提供/山岸明彦氏)

もし火星で生物が見つかったら次のステップとして、それが地球の生物と似ているかどうかを調べることになるだろう。そのためには質量分析装置なども必要になってくる。

どのようなアミノ酸を何種類持っているか、DNAやRNAを持っているか、持っていたら塩基配列はどうなっているか、といったことを検証して、地球生命と比較するはずだ。もし全く同じだったら、地球と火星の生命は兄弟という可能性が高くなる。その場合、おそらく火星の生命のほうがお兄さん、ということになりそうだ。

とはいえ逆の可能性もなくはない。もし「たんぽぽ計画」で地球から舞い上がってきた微生物が捕まったら、それは火星でも同じことが起きたことを示唆するが、当然、地球から宇宙へと生命が旅立てることも証明される。

内側の軌道にある惑星から、外側の軌道を巡る惑星へ移動するのは、その逆より難しいかもしれない。惑星が公転している速度以上に、加速しなければならないからだ。しかし、ありえないわけではない。

冒頭で触れた恒星間天体オウムアムアは、地球や火星軌道の近くを通り過ぎていったという(注9)。もし40億年前、地球で誕生した生命が、このような天体に乗ってヒッチハイクしたとしたら、どうなっただろう。火星で飛び降りたやつがいたかもしれないし、あるいはそのまま深宇宙を目指したやつが、いたかもしれない。

オウムアムアは現在、太陽から見ると毎秒約38kmで遠ざかっている。太陽系を出たら毎秒26.3kmくらいになるはずだ。これはボイジャーやニューホライズンズといった探査機より速い。

この速度のままなら、1光年の距離を1万1400年で飛べる計算だ。つまり40億年あれば、最遠で35万光年の彼方に到達できる。ちなみに銀河系の直径は約10万光年、隣の大マゼラン雲までは約16万光年だ。

遠い将来、人類が太陽系を出て他の居住可能な惑星へと到達した時、そこに自分たちとそっくりな知的生物がいたとしても、驚くには当たらないのかもしれない。

ここで、またアンケートをお願いしたくなった。皆さんはオウムアムアの正体を、どう思われるだろうか。以下のリンクで、お気軽にポチッとしていただきたい。

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第5回に続く

注8)最新の報告では、岩石中の鉱物に取りこまれて地下深くへ運ばれてしまった水もあるらしい。

注9)2017年12月18日に発表された最新の観測結果によると、やはりオウムアムアは彗星に近い天体かもしれないという見方が浮上してきた。表面が有機物の殻に覆われており、内部に氷を抱えている可能性があるのだ。この殻が40cmほどの厚さなら、太陽に接近しても氷は溶けず、水蒸気の尾はひかないという。一方で表面に金属がある可能性は否定されつつある。有機物は宇宙線のエネルギーによる化学反応でできたと考えられるが、アミノ酸や核酸塩基などを含むかどうかは、まだわかっていない。