太陽系ヒッチハイク・ガイド

生命1.0への道 第4回
藤崎 慎吾 プロフィール

「隕石宇宙船」は命がけ

いやいや宇宙船に乗れないのであれば、いくら1年以上生きられたって意味ないでしょうと思う人はいるかもしれない。ごもっともである。

しかし天然の宇宙船が存在しないこともない。すなわち隕石である。第3回でも述べたが、地球や火星が誕生したころは今よりずっと多くの隕石が、それぞれの惑星に降り注いでいた。その隕石衝突で地表から宇宙へと弾き飛ばされた微生物が、くっついていた岩石とともに宇宙を旅して、隣の惑星に落ちてきた可能性もあるのだ。

実際、火星から地球にやってきた隕石は、いくらでも見つかっている。どうして火星から来たとわかるのか?

隕石を構成する鉱物の中には、気体が封じこめられている場合がある。ごく微量だが、その組成を分析することは可能だ。一方で火星の大気組成も、探査機によって詳しくわかっている。両者を比較して同じであれば、隕石は火星から来たと推定できるわけだ。

こうした隕石の中に生命の痕跡があると1996年にNASAから発表されて、大騒ぎになったことがあった。南極のアランヒルズという場所で1984年に採集された「ALH84001」という隕石である(写真5)。何となく芋虫っぽい形をしたものが写っている電子顕微鏡写真(写真6)を、ご記憶の方は多いだろう。

写真5 火星の隕石ALH84001
写真6 ALH84001の中に見つかった微生物のような構造

この写真に加えて、隕石の中に有機物が検出されたこと、そして地球の磁性細菌がつくるような磁鉄鉱が含まれていたことなどから、火星の生物がいたと結論づけたのである。しかし状況証拠を積み重ねたようなもので、決定打となるような事実はない。このため大論争が巻きおこり、決着はつかないままになっている。

それはそれとして、よく考えてみるとこの「隕石宇宙船」は、かなりワイルドな乗り物である。

惑星上から宇宙空間へ岩が吹っ飛ばされるような爆発というのは半端ではない。それが巨大隕石の衝突だったにせよ、火山の大噴火だったにせよ、めったに起きないだろうし、そんなとんでもない「打ち上げ」を耐え忍ぶことが、まず大変ではないだろうか。

加えて「着陸」もリスクは大きい。地球には分厚い大気があるため、たいていの隕石は突入後バラバラになって燃え尽きてしまう。つまり流れ星になってしまう。お願い事を3回唱えて、何とか地表まで到達したとしても、大気との摩擦熱で中までこんがり火が通ってしまえば一巻の終わりである。表面だけ焼けて中は無事であるためには、かなりの強運が必要ではないだろうか。

もうちょっと生命に優しいソフトな打ち上げと着陸の方法も、考えられないことはない。

これは地球の場合だが、いわゆる雷雲(積乱雲)よりさらに上の高い空でも雷のような放電現象が起きていると、最近わかってきた(図4)。種類によって「ブルージェット」や「スプライト」「エルブス」「巨大ジェット」などと呼ばれているが、中には高度85km付近にまで達する放電もあるという。

図4 高高度発光(放電)現象の模式図 

一方で微生物がかたまっているような塵は、電荷を帯びやすい。これが低空を漂っているうちに放電現象で加速され、さらに上空へと運ばれることはあるかもしれない。人間の便宜的な定義だが、宇宙空間は高度100kmから先だとされている。85kmなら、もうすぐそこだ。

実際、山岸さんらは航空機や気球などを成層圏まで飛ばし、微生物がいるかどうかを調べている。その結果、高度50kmくらいまではいるとわかった。そこまで到達することさえ、雷雲より下で起きている現象だけでは説明がつかない。さらに高いところをも漂っている可能性はある。

それがISSの前方面や側面に向けられたエアロゲルに捕まらないかと、期待されているわけだ。1年目は空振りとなるかもしれないが、もし2年目、3年目で捕まったら面白いことになる。

現在の火星の大気は非常に希薄だが、40億年前はおそらく今の地球と似ていて、高層での放電現象も起きていただろう。半径500μmくらいの塊になった微生物が、電気的に宇宙へと運ばれたかもしれない。

地球へと着陸するに際しても、隕石のようなハードランディングしか考えられないわけではない。半径500μmくらいの小さな塵だったら軽いので、ふわふわと舞い降りることができる。こうした「宇宙塵」も積もれば山となり、年間で数万トン以上にもなると言われている。年間数千トンと見積もられている隕石より、はるかに多い。

宇宙からの微生物を探すなら、むしろ宇宙塵を集めろと言いたくなるが、難しい問題がある。ひとたび地球の大気中に入ってしまえば、もともとそこにいた地球の微生物が、くっついてしまうかもしれない。これを火星の生物と区別できる保証はなさそうだ。

ある程度の大きさがある隕石だったら、地球の微生物に中心部まで「汚染」されることはないから、少し表面を削って内側を調べればいい。しかしμmサイズの宇宙塵では、そうもいかない。一方、大気に飛びこむ前の塵であれば、汚染の可能性はほとんどなくなる。エアロゲルの宇宙面では、そうした塵が捕らえられないかと期待されているのだ(注6)。

電気の風に吹かれて宇宙へと旅立ち、何年も真空の海を彷徨った挙句に、他の天体へと舞い降りて根づく。「たんぽぽ計画」とは、このイメージから名づけられた。

これまで述べたことは、そっくり有機物にも当てはまる。微生物ではなく有機物が塵となって、たんぽぽの綿毛のように宇宙から地球へもたらされたかもしれない。そこから生命誕生に向けての化学進化が始まったという見かたのほうが、むしろ主流だ。

ISSで1年余り宇宙にさらされた有機物のうち、アミノ酸であるグリシンは60%(注7)、同じくアミノ酸のイソバリンは10%くらいが壊れずに残っていた。いずれも地上実験からの予想を上回っている。

またアミノ酸になりうる物質(前駆体)を含む雑多な有機物の塊も60%ほどが残っており、これは予想通りだった。この塊は一酸化炭素とアンモニア、水の混合ガスに陽子線を照射した結果できたもので、暗黒星雲などの分子雲でできた物質を想定している。小林さんは、これを「がらくた分子」と呼んでいる。すなわち第1回と第3回で登場した「がらくた生命」のもととなる物質である。

ちょっと宣伝で申し訳ないが、僕はこの「たんぽぽ計画」にもヒントを得て、「タンポポの宇宙船」という短編小説を書いたことがある。どちらかというと青少年向けだが、ご興味があれば下記サイトのいずれかを、ご覧いただきたい。

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注6)もっとも山岸さんは「まず地球由来の微生物を見つけるのが先です」と言っている。

注7)この高い回収率には、試料を揮散から防ぐための炭化水素の覆いが、たまたまグリシンが吸収する帯域の紫外線を遮っていたことも関係している。イソバリンや「がらくた分子」は、そのような影響を受けていない。つまり差し引きしてみれば、最も安定していた有機物は「がらくた分子」だったと言える。