太陽系ヒッチハイク・ガイド

生命1.0への道 第4回
藤崎 慎吾 プロフィール

「たんぽぽ計画」の最新成果

日本では国際宇宙ステーション(ISS)を使って、これを検証する「たんぽぽ計画」が進められている(図3)。2006年に計画を立ち上げたのは山岸さんや宇宙科学研究所助教の矢野創(やの・はじめ)さんらで、そこに小林さんも参加している。

図3 ISSに設置された「たんぽぽ計画」の実験装置。2006年に計画が立ち上がり、2015年5月から宇宙での実験が開始された(図版提供/山岸明彦氏)

この計画で実施される実験は主に二つで、一つは宇宙空間に漂う塵を捕獲すること――この塵は鉱物かもしれないし、微生物かもしれないし、有機物の塊かもしれない。とにかくISSが回っている軌道上(高度400km)に、どんな塵があって、どこから来たのかを調べる。

捕獲にはエアロゲルという、多孔質で超低密度の固体を使う(写真1)。うまくイメージできないかもしれないが、ガラスと同じケイ酸でできた、スポンジ状のブロックである。見た目は寒天のようでもあり(しかし柔軟性はない)、手に載せても重さはほとんど感じられない。これを使えば、秒速8kmで移動しているISSにぶつかってきた塵でも、壊さずソフトに捕まえられるのだ。

写真1 たんぽぽ計画に使ったものと同じエアロゲル(千葉大学 田端誠博士製作)。エアロゲルは地上で最も軽い固体(空気の比重の8倍)。内側と外側で密度が異なる二層構造になっていて、触ると少しべたべたしている

ISSが進んでいる方向(前方面)に向けられたエアロゲルには、主に地球から舞い上がってきた塵が、ISSの背中側(宇宙面)に向けられたエアロゲルには、主に宇宙からやってきた塵が、そして側面に向けられたエアロゲルには地球と宇宙、両方から来た塵が捕らえられると予想されている(写真2、写真3)。

写真2 ISSから戻ってきたエアロゲルを初期分析するための設備(宇宙科学研究所)。ビニールのカーテンに囲まれたクリーンルームは、2010年に探査機「はやぶさ」が持ち帰った小惑星のサンプルを分析するときにも使われた。中央の光っているところにエアロゲルが置かれている。このルーム内で衝突痕の写真を撮り、エアロゲルのどこに、どのような深さと角度で塵が入っているかなどを調べる。そして各衝突痕と塵を含むエアロゲルの断片を切りだす(この断片は後で詳細分析を行う研究者に渡される)。必要であれば、衝突痕内の塵を取りだすこともできる 
写真3 「CLOXS(クロックス)」と名づけた初期分析装置を遠隔操作する矢野創さん。「たんぽぽ計画」をスタートさせた一人である矢野さんは、小惑星や彗星、その破片である流星・宇宙塵などに関する研究のエキスパートで、「スターダスト」や「はやぶさ」など国内外の数々の宇宙プロジェクトに加わってきた。生命起源の研究を含む「宇宙生物学」に関わる研究者が、自らつくった試料を宇宙へ送って回収・分析するのは日本では今回が初めてだ。「この計画を通じて、宇宙プロジェクトというのは、どうやって回していくものなのかを若い研究者や学生に学んでもらい、次のプロジェクトの中核になってもらいたい」(矢野さん)。クリーンルーム内にある装置は外から遠隔操作できるため、エアロゲルを設置するときなどを除けば中に人が入らなくても済む

もう一つの実験は、地球の微生物や有機物を宇宙空間に長期間、晒すことである。

人間を裸で宇宙空間に放りだしたら、どうなるのか――たぶん誰もやられたことがないので、わからないが、映画などではたいてい萎(しな)びて凍りつくように表現されている。低温で乾燥しているから、ということだろう。眼圧があるので、目玉が飛びでるという人もいる。

地上での話だが、1965年にアメリカ航空宇宙局(NASA)で宇宙服のテストが行われていた時、事故によって十数秒間ほぼ真空状態に置かれてしまった被験者がいた。彼は意識を失う前に、舌の上で唾液が沸騰するのを感じたという。気圧が低くなれば水の沸点も下がるので、ありうる話だ。長時間になれば血液が沸騰したかもしれない。

とにかく、そういう環境に1年から3年もの間、微生物や有機物を放りだすのである。そして微生物については、どれだけ生き残れるか、有機物については、どれだけ壊れずにいられるかを調べる。

実験はISSの日本実験棟「きぼう」の暴露部で2015年5月26日から開始され、2016年9月に最初のサンプルが地上へ届けられた。つまり1年余りの間、宇宙空間にさらされていたエアロゲル(11枚)と、微生物や有機物である。これらの分析はまだ続けられているが、この記事を書いている時点で、次のようなことがわかっている。

まずエアロゲルには塵(直径0.1mm以上)の飛びこんだ痕が合計120ヵ所ほど確認されており、その中から宇宙面では炭酸塩(炭酸カルシウムなど)が、側面ではガラスか石英に似たものが見つかった(前方面のエアロゲルは、まだ分析されていない)。

これらの起源は今のところ不明である。残念ながら有機物は、まだ見つかっていない。ということは微生物もつかまっていない、ということである。今後、さらに分析が進んでいけば検出される可能性はあるし、今の手法でダメだったとしても、別の手法では見つかることもありうる。

一方で過酷な環境でのサバイバルを強いられた地球の微生物は、どうなったか? 最初に断っておくが、彼らは何かを食べたり増殖したりする状態で宇宙にさらされていたわけではない。そういう生命活動を一時的に止めた「休眠状態」に置かれていたのである。いわばフリーズドライのようなもので、地上に戻ってきて水をかけてやった時に、もぞもぞ動き始めれば「生きていた!」ということになる。

そこで、まず我々と同じ真核生物である酵母だが、残念ながら全滅していた。また光合成をする細菌、シアノバクテリア(藍藻)は、紫外線の当たる場所では死滅していた。ということは紫外線の当たらない場所では、生き残ったものがいた、ということである。

そして地上で最も放射線に強い細菌と言われるデイノコッカス・ラディオデュランスは、紫外線が当たろうが当たるまいが1~10%が生きていた。(写真4)とはいえ9割以上が死んでいたということでもある。いかに宇宙が過酷かを物語っている。

写真4 宇宙曝露されたデイノコッカス・ラディオデュランス。一つ一つの穴に乾燥したデイノコッカス菌が入っている。表面の菌体(左)は黄色く変色し、裏面の菌体(右)は曝露前と変化がなかった。これは紫外線の影響と考えられる(写真提供/山岸明彦氏)

生き残っていた細菌たちの多くは、直径500μmくらいのコロニーを形成していた(注4)。つまり大勢が寄り集まって塊をつくっていたのである。どうやら塊の表面にいたものは紫外線などに叩かれて死んでしまったが、ちゃっかり塊の中に潜りこんでいたものは、不幸な仲間たちが盾になって紫外線を遮ってくれたため、死ななかったらしい。このコロニーが小さくて直径100μmくらいだと、表面でも中でも死に絶えていた。

ここから何が言えるか――放射線に強い細菌なら少なくとも1年間、宇宙を漂っていても、最大で1割近くが生き残れる。ただし半径500μm以上(注5)の塊になっていなければならない。

地球と火星との間は平均で約2.25億km離れており、宇宙船で理想的な軌道をとることができれば、だいたい9ヵ月ほどで渡れるらしい。今のところ、地球から火星を周回する軌道へ最も素早く到達した探査機はアメリカのマリナー9号で、その旅路は168日つまり5ヵ月半ほどだった。

であれば火星から地球へも、そのくらいで来られるかもしれない。もちろん40億年前の細菌が宇宙船の切符を手にすることは(ほぼ)ないが、1年以上も惑星間を漂っていられるのであれば希望が見えてくる。

まだ不毛の地だった地球という新天地へ、たどり着いた可能性もあるだろう。このあとISSで2年、そして3年と宇宙にさらされる細菌たちがどうなるか、とても楽しみだ。

注4)正確には、人間がその大きさになるように集めておいた。

注5)ここで「直径」ではなく「半径」としたのは、宇宙空間を漂っている場合、あらゆる面が宇宙線や紫外線に晒されるからである。実験装置上に置かれている場合は、半分の面が保護されている。