「さっとん」こと宮原知子がじわじわ人気上昇中なワケ

彼女こそが、ポスト浅田真央か?
青嶋 ひろの プロフィール

徐々に火がついた「さっとん人気」

彼女の持ち味は派手さがなく、もしかしたらハリウッド映画のように万人受けするものではないかもしれない。でもきっと、じわじわとその魅力に引き付けられる人は、増えていく。

 

日本国内での「さっとん人気」も、この4年でじっくり盛り上がって来たのだ。2015年、初めて世界選手権に出場したころは、「真央ちゃんの後のエースとしてはもの足りない」などと言われていた。報道陣からの質問も矢継ぎ早には出ず、メディアの彼女への関心はまだまだ薄かった。

それが今や、「全日本の宮原を見たら、あと4年フィギュアスケートを担当したい!と思ってしまいましたよ」と、記者も言う。団体戦のショートプログラムでも、多くの人が彼女のパフォーマンスに比して点数が低かったことに不平の声を挙げてくれた。もうみんな、「さっとんのスケート」が大好きなのだ。

Photo by Gettyimages

しかし彼女も数年前、不思議と個性が沈んでしまっていた時期があった。もっと以前、全日本ジュニアで初めて優勝した13歳のころは、小さな身体で会場中の視線をひきつけるような、強いパワーを持つ選手だったのだが。

それが今から3年前の2015年、17歳で世界選手銀メダル獲ったころ。動きの美しさはジュニア時代以上になったけれど、なんとなく教科書をなぞったような、CGのような冷たい美しさが見ていて切なくなった。

「与えられたミッションに立ち向かう、小さな戦士のよう」と、当時の原稿に書いたことを思い出す。宮原自身の見せたいスケートは、まだ見せられていないのではないか、と。

おそらくこの時期は、徹底して手足の基礎的な動きを身につけ、表現のベースを固める時期だったのだろう。基本の美しさをなぞるために必死で、気持ちも十分には解放できていなかった。個性や持ち味を押し込めてでもきっちりとベースを作っていた潜伏期。まだ蝶になる前のさなぎの期間だったのだ。

だから翌2016年、身体にベーシックな美しさをきっちり染み込ませた後には、パーンと彼女の意思の力が弾けだしたように見えた。「スケートが好き!」そんな一番大きな気持ちも、思う存分表せるようになった。

そして、誰も見せたことがない個性を、ここ、平昌五輪できらめかせるまでになったのだ。フィギュアスケーターには、ジャンプが跳べるようになるまでの、苦難の歴史がある。ケガを乗り越えるまでのストーリーもある。そしてスポーツなのであまり注目はされないが、表現者として様々な殻を破って行く道のりもあることを、宮原知子でぜひ注目してみてほしい。

23日のフリーは『蝶々夫人』。小さなアジア女性の艶やかさ、クールな心から否応なく迸る熱い思いを、再び見せてくれる。

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