「母なる海」は都市伝説か?

生命1.0への道 第2回
藤崎 慎吾 プロフィール

「海底(熱水噴出域)説」のメリット

表1 原子数の多い順に並べた、宇宙と地殻、海水、人体の元素組成(小林憲正『宇宙からみた生命史』〔ちくま新書〕を改変)

(1)人体の主要な元素組成を見ると、地殻より海水とよく似ている(表1)。また微量元素に関しても、生物にはクロムよりモリブデンのほうが重要だが、地殻ではクロムのほうが多く、海水ではモリブデンが多い。
(2)メタンやアンモニア、硫化水素などの還元型分子が多いため、有機物ができやすい。
(3)マグマの熱エネルギーや、熱水中の還元物質からエネルギーが供給される。
(4)熱い場所から冷たい場所まで、様々な温度環境がある。
(5)学反応の触媒となる金属元素が豊富にある。
(6)有機物を分解する紫外線が届かない。
(7)面積的に陸地よりはるかに大きく、生産性が高い。多くの有機物を生みだせるので、優秀なものができる可能性も高い。

小林さんではないが、他の海底説支持者からは次のような声も聞かれる。

(8)全生物の最後の共通祖先(注1)に最も近いとされる超好熱菌(注2)が発見されている(写真1)。
(9)もともと海洋中なので、生まれた生命が世界中に広がりやすい。
(10)海中の環境は陸上より安定している。

写真1 超好熱菌(カルドコッカス ノボリベタス 提供/山岸明彦)

「陸上(温泉地帯)説」のメリット

(1)生物の細胞にはナトリウムイオンよりカリウムイオンのほうが多い。これは陸上の温泉地帯と同じで、海水とは逆になっている。また核酸に必要なリン酸も、海水中には少ないが温泉には多い。
(2)間欠泉(写真2)など湿ったり乾いたりする場所があるので、有機物が重合しやすい。
(3)マグマの熱エネルギーや、温泉中の還元物質からエネルギーが供給される。
(4)温泉は100℃以下で海底熱水のような超高温にならず、有機物が分解されにくい。
(5)化学反応の触媒となる金属元素が豊富にある。

写真2 アメリカのイエローストーン国立公園にある間欠泉

海底説より陸上説のほうが少なくなってしまったが、後者の立場からすると前者の(6)~(10)は大したメリットではない。たとえば(6)の紫外線は陸上だと確かに強いが、温泉中の懸濁物(粘土や酸化亜鉛などの鉱物粒子)が遮蔽物(しゃへいぶつ)になれば問題ではなくなる。

(8)の共通祖先は、それが最初の生命というわけではなく、すでに高度な進化をとげている。もしかしたら、さらにその先祖が陸上から海底に移動してきたのかもしれない。

(9)にしても、陸上で生まれて乾燥状態になった生物が風で運ばれることはあるだろうし、もちろん温泉地帯から川に流れこめば、海に達して広がることもできる。

(10)は陸上の激しい気象変化や地殻変動などと比べているわけだが、逆にその不安定さが進化を促進する可能性もありうる。その最たる例が隕石衝突だが、これについては次回で話そう。こうした「反論」に対する海底説からの再反論も当然あるだろうが、きりがないので今は考えないでおく。

さて(1)~(5)は、あえて対応するようにしてある。

(1)は今の生物の成分が海と陸のどちらに近いかという話だが、それはどの物質に着目するかにもよるのだろう。素人の感覚では「どっちもどっち」という気はする。

(3)と(5)は共通なのだが、たぶん海底説からすると陸上よりもっとエネルギーは多いし、金属元素もより豊富だと主張したくなるのではないか。

これは(7)の規模的な問題とも関係してくるが、実際にどれだけちがうかを具体的な数字を挙げて比較することは今のところ難しい。

そして、おそらく現在、最も大きな論点になっているのは(2)と(4)だろう。

これについては「生命0.5」の問題にも関わってくるし、長くなりそうなので次回に――。冒頭に登場した古川さんの研究も、小林さんや山岸さんとは、ちょっと異なる立場として紹介する。

ところで読者の皆さんは生命がどこで生まれたと思われるだろうか。今回もアンケート(https://goo.gl/1rWN3s)を用意したので、気軽にポチッとしていただきたい。

第3回に続く★

注1)「LUCA(Last Universal Common Ancestor)」あるいは「コモノート」と呼ばれる。「真核生物」や「古細菌」と「細菌」とが分かれた分岐点に存在したはずの生物で、ただ1種類であったと考えられている。
注2) 80℃以上で最も生育速度が速くなる菌。