「がらくた生命」または「生命0.5」

生命1.0への道 第1回
藤崎 慎吾 プロフィール

宇宙へ、深海へ。広がる「生命のふるさと」候補

実はダーウィンがフッカーに手紙を書いてから、オパーリンが化学進化説を提唱するまでの間に、もう一人、生命の起源について興味深い説を唱えた人物がいた。ユーリーと同様、ノーベル化学賞を受賞したスウェーデンの物理化学者スヴァンテ・アレニウスである。

彼は1908年に発表した著書『宇宙の始まり』の中で、宇宙には微生物のように小さな生命の萌芽が広く漂っており、それらが恒星からの光の圧力(輻射圧)によって太陽系に運ばれてきたという「パンスペルミア説」を唱えた。その萌芽が地球に根づいて、さまざまな生命が繁栄することになったというわけである。

 

しかし、この説はよく考えると、生命の起源を示してはいない。宇宙に遍在する生命の萌芽自体が、どこでどうできたかを説いてはいないからだ。

とはいえ可能性として、生命誕生の場を宇宙にも広げたという意義は大きい。実際、地球上では困難かもしれない化学進化が、たとえば宇宙を漂う塵や彗星の上などで起きる可能性もある。もちろん雷は落ちないが、宇宙線ならいくらでも飛び交っている。一酸化炭素やメタン、アンモニアなど適当な材料が揃っていれば、有機物ができるかもしれない。

それが隕石や宇宙塵などに乗って地球に落ちてきたとしたら、どうだろう。つまり生命そのものではなく、材料が運ばれてきたとしたら? そう、原始地球の大気中で有機物ができなくても、かまわないことなる。

これも一種のパンスペルミア説かもしれないが、ユーリー=ミラーの実験で図らずも行き詰まってしまった化学進化説の前半部を補えるモデルの一つとして、近年はかなり広まっているようだ。

もう一つ、別の解決法がある。それが1977年、アメリカの潜水調査船〈アルビン〉によって発見された熱水噴出孔だ。

南米エクアドルのガラパゴス諸島沖、水深2600mの海底で煙突のような形の岩(チムニー)から、黒っぽい煙のような熱水がもくもくと吐きだされていた。のちにこれは「ブラックスモーカー」と呼ばれるようになる。一方、僕が鳩間海丘で見た熱水は透明なので「クリアスモーカー」だ。ほかにも「ホワイトスモーカー」や「ブルースモーカー」などが、世界各地で発見されることになる。

さて、このような熱水の中にはメタンやアンモニア、水素、硫化水素などの還元的な物質が多く含まれていた。つまりミラーたちが原始地球大気の主成分として当初、想定していた物質である。地表がそのように還元的な環境だったことは、ほぼ否定された。

しかし海の中では、どうだったか? 現在よりもっと熱かった40億年前の地球では、おそらく海底のあちこちで熱水が噴出していただろう。その成分は今とほとんど変わらないはずだ(注3)。 さすがに雷や紫外線、宇宙線などは届かないが、化学反応のエネルギー源としては、陸上の温泉と同様、マグマからの熱がある。

余談だが、鳩間海丘では場所によって300℃を超える熱水が出ていた。水が100℃以上にならないというのは、大気圧下のことである。あろうことか僕はそこで「温泉卵」をつくろうと、科学技術の粋たる潜水調査船のマニピュレータに生卵を持たせていた。

中に気体がほとんどなく、殻は目に見えない穴だらけなので、深さ1500mの水圧でも卵は割れない。それを熱水の噴出しているチムニーの近くに、かざしてもらったのである(写真4)。

300℃の湯が出ていたとしても周囲の海水は数℃と冷たいので、離れればすぐにぬるくなる。200℃くらいまでのところでは、卵はそれなりに茹だった。海上の母船に戻って食べてみると、非常に硫黄臭かったが適度に塩味が染みていて、何とか喉を通った。

しかし250℃のところまで近づけた卵は、2分20秒後にボンと破裂してしまった。一応、回収したもののバラバラになっているし、あまりに硫黄臭がきつくて、さすがに飲みこめなかった。熱水パワーの威力である。

写真4 クリアスモーカーの熱水で温泉卵をつくろうとしているところ。手前の大きな赤っぽいカニはイバラガニの仲間。その背中あたりに見える小さなエビは、ツノナシオハラエビの仲間(© JAMSTEC)

このように材料とエネルギーがあるのだから、熱水噴出域でも有機物はできるはずだと考えられるようになった。となれば、もうそこは海の中だ。雨が降るのを待つこともない。あとは高分子になって凝集し、細胞のような液滴を形成する……。

大気中あるいは宇宙の塵で有機物ができた、というシナリオより数段階シンプルだ。これが人気を博した理由の一つかもしれない。

諸説入り乱れる戦国時代

生命の起源に関する科学的な見方の変遷を、端折りに端折って、駆け足で眺めてきた。もちろん、これで話は終わらないどころか、いったん「生命は熱水噴出域で生まれた」説に落ち着いたかと思われた状況が、近年は再び混迷しつつある。

まず原始地球の大気組成だが、実はまだはっきりとわかったわけではない。さすがにミラーたちの想定したような強い還元型ではなさそうだが、一酸化炭素やメタン、水素がちょっと多めに含まれていれば弱還元型にはなりうる。また宇宙線の量も、太陽の活動いかんでは変わってくる。案外、有機物は地表でもそれなりにできたかもしれない、という認識が広まってきた。

パンスペルミア説も大人しくはしていない。地球で見つかった隕石からは、70種類以上のアミノ酸や脂肪酸、核酸塩基などの有機物が見つかっている(写真5)。宇宙探査機による観測や分析で、彗星にアミノ酸があることも明らかになった(写真6)。

また電波望遠鏡の観測により、星が誕生する場となっている暗黒星雲のような分子雲でも、100種を超える有機物が見つかっている。生命そのものではないが、その「種」はアレニウスが言う通り、広く宇宙を漂っているのかもしれない。

写真5 アミノ酸や核酸塩基が見つかったマーチソン隕石のサンプルと分離された成分
写真6 アミノ酸が見つかったヴィルト第2彗星

一方で熱水噴出域における有機物の生成は、実験によりアミノ酸ができることは報告されているものの、さほど多くの種類ではないし、今ひとつぱっとしない感じだ。もともと300℃に達するような高温環境では、有機物はむしろ分解されてしまうという批判に当初からさらされていることもあって、ちょっと分が悪くなっている。

これに伴って、やっぱり生命は陸上の温泉や潮溜まりのようなところで発生したのではないかと、ダーウィンの復活を思わせるシナリオが急浮上してきた。

そんな状況で、もはや戦国時代の様相を呈しているが、これについては次回以降でもう少し詳しく見ていくつもりだ。

その前に頭を整理するための拠りどころを、一つ定めておきたい。それは生命誕生の場が宇宙、大気中、陸上、海のどこか、あるいはそれらの組み合わせのどれかであったにしても、ここでは化学進化が前提になっているということだ。つまり生命は神様がつくったわけでもないし、何もないところからわいてきたわけでもない。

さらに言えば、化学進化のどの段階に重きを置くかによって、生命誕生の場に対する考えも変わってきそうだ。それは有機物が次第に複雑化していく過程で、どの段階から「生命」と呼びうるものになるのか、ということでもある。