地球温暖化と台風の関係については多くの研究が行われています。先行研究では、地球温暖化が進めば、台風の発生する数は減るけれど強い台風の割合が増える可能性が指摘されています。しかし、台風の構造がどう変わるかはわかっていませんでした。
シミュレーションでは、まず地球表面を細かい格子に区切り、その格子点一つひとつで温度や風の強さなどが時間とともにどう変化していくのかを、物理法則に基づく方程式系によって構築された気候モデルを用いて計算していきます(図1)。格子を細かくすればするほど精度が上がりますが、計算量が莫大に増えてしまいます。莫大な計算を高速に実施するには、高性能なスーパーコンピュータや、そのスーパーコンピュータの性能を最大限に活かす技術開発が必要となります。
従来のモデルでは、数百年など長期間をシミュレーションする場合には、多くの場合が格子幅を数百㎞にしていました(図2)。これでは数百㎞スケールの現象である台風を的確に表現できず、構造がどう変わるのか詳細まではわかりませんでした。
かといって格子幅を10㎞以下など細かくすると、長期間地球全体をシミュレーションするのが難しく、範囲が限られてしまいました。
──これまでのモデルでは、長期で見ようとすれば台風を的確に表現できず、解像度にこだわれば地域的な台風しか見られなくなってしまったのですね。
その通りです。台風は、一つひとつ構造も活動も異なります。台風が大きいからといって必ずしも強いわけではありません。そうした台風が温暖化でどう変わるのか傾向を知るには、できるだけ多くのデータを集めて統計的に見ることが必要です。それには、地球全体を長期間かつ高解像度でシミュレーションしなければなりません。
──地球全体を長期間かつ高解像度でシミュレーションするとなると、それこそ計算量が莫大になるのでは……?
はい、地球全体を長期間かつ高解像度でシミュレーションするのは非常にチャレンジングです。しかし、それを可能にしてくれると我々の研究チームが注目したのが、全球雲解像モデル「NICAM(ニッカム)」(Nonhydrostatic Icosahedral Atmospheric Model)(図3)と、スーパーコンピュータ「京」(写真2)です。
NICAMは東京大学とJAMSTECと理化学研究所が中心となって開発したモデルです。従来のモデルは、台風を構成する雲を経験則に基づき表現したため不確かさがありましたが、NICAMは物理法則に従い雲の生成・消滅を計算することで、経験則に起因する不確かさを除去して台風を表現することを実現しました。
スーパーコンピュータ「京」は1秒間に1京回(10の16乗)の計算をこなすスーパーコンピュータです(写真1)。
私の上司であり、NICAMの開発にも携わり数多くの実績を持つ小玉知央ユニットリーダーが、「京」を用いて、格子幅14㎞のNICAMで、台風を表現しながらも地球全体を数十年に及ぶシミュレーションに成功しました。
このシミュレーションは、観測データをもとに現在の気候(1979年から2008年まで)と、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル;Intergovernmental Panel on Climate Change)で発表されているCO2濃度の将来変化シナリオ(A1Bシナリオ)とそのシナリオに基づく海面水温の将来予測をもとにした将来の気候(2075年から2104年)、のべ60年分です。格子幅14㎞のシミュレーションは過去にも実績がありますが、ここまで長い期間は初めてです。そのシミュレーションの一部を動画にしたものが、こちらです。
将来気候では、地球全体で平均した海面水温の上昇は約1.3度でした。私は、小玉さんのシミュレーションデータを使って、地球温暖化による台風の活動や構造の変化について解析しました。データは400テラバイトにも達し、扱いが大変でした。