元日本経済新聞記者にして元AV女優の作家・鈴木涼美さんが、現代社会を生きる女性たちのありとあらゆる対立構造を、「Aサイド」「Bサイド」の前後編で浮き彫りにしていく本連載。今回は、第12試合「雇用」対決のAサイド。
今回のヒロインは、会社員生活に嫌気が指してフリーランスのフラワーアーティスト。しかしフリーになったことを後悔していて……その理由とは?
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サラリーマンのつまらなさを嘲笑うのが流行した時代がある。非正規雇用とかワーキングプアとか年越し派遣村とか、そういった言説が流行るちょっと前までは、むしろそういった物言いはかなり主流で、子供を擁護する教育学者などが「お父さんは帰ってきて上司の悪口、いい大学出ていい会社入る意味なんか見出せなくて当然でしょう」なんて息巻いていた。
リストラなんていう言葉が流行語になった時も、「いい大学出て、いい会社に入って、我慢して歯車として働いていても、リストラされて悲惨」みたいな論調はとてもメジャーなものだった。
今となっては、いい大学出て、いい会社に入って、なんて理想的だが、逆にいうとそういった時代には対比として結構もてはやされていた自由業的なものの価値は、もちろん相対的に下がった。
今時、サラリーマンになんかなりたくない、と中二病のようなことを言う大学生も滅多にいないし、これからは何が俺を支配するのだろうと尾崎的な絶望で社会に出る若者もあんまりいないんじゃないか。
それは健全なことである。サラリーマンがつまらないというのは超偏見で、基本的に日本の社会の重要な部分は官僚や銀行マンや商社マンや代理店マンが作っているから、大きいことをするには企業に入るのが手っ取り早いし、下手すりゃ本当に社会を動かせる。
そしてミクロに、それも労働者としての個人に焦点をあてても、少なくとも現時点でこの社会で生きやすいのは圧倒的に勤め人の方だと思う。
基本的に社会的に信用されている状態というのは、収入が多いとか有名だとかいうことよりも、収入が多くて有名な企業に勤めていることだし、社会的に信用されているとこの世界はとても生きやすい。そして公的な手続き一つ取っても、会社員であることを基本的な前提として設計された世の中では、その標準的な状態にある人間が、やりやすくわかりやすくできているからだ。
そんな中で、フリーランスの道を選ぶというのはなかなかマゾヒスティックな行為で、よほど志が高いか、仕事が超好きでその職種はフリーランスであることが望ましいか、会社員になれる素質に恵まれなかったか、でなければあまり選択しようと思う道ではない。もちろん、それでも選択するオンナで、この世は溢れているのだけど。