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なぜ人は「不幸な恋愛」に走るのか? 『嫌われる勇気』著者が分析

待望の「愛とためらいの哲学」
岸見 一郎 プロフィール

困難な恋に走る人

付き合ったり結婚するには難しい人を選ぶ人がいます。既に結婚している人や、年齢が非常に離れている人を好きになるような人のことです。

もちろん、誰とどのような恋愛をしても、そのことがダメだというようなことはいえません。アドラーは次のようにいっています。

「既婚男性との結びつきは、それ自体としては、最初から独断的に非難することはできない。誰もこのような愛がいい結果になるのか、そうでないのか確かなことをいうことはできないからである」(『人はなぜ神経症になるのか』)

仮に既婚者のことを好きになったとしても、必ずしもその恋愛が不幸をもたらすとは限りません。

 

しかし、そういった「付き合うことが困難な相手」を、あえて選んでしまうような人がいます。そのような人は、一度立ち止まって考え直す必要があります。なぜそういった、困難な相手を選んでしまうのでしょうか。

それは、相手が既婚者であったりするような場合、そのような人を選べば、たとえ関係がうまくいかなくなっても、それを相手のせいにすることができることを知っているからです。

アドラーは「競争することを性格の特徴とし、優越性を目標としている」女性の事例を引いています(前傾書)。姉が結婚したことで、姉に対する優越感を脅かされたその女性は、自分も結婚しようとしました。

しかし、ただ結婚するだけでは姉との競争に勝ったことになりません。結婚する以上、姉以上に幸せにならないといけないのですが、もしも結婚がうまくいかなければ姉との競争に負けることになってしまいます。

そこで彼女は、既婚男性との恋に落ちたのです。そのような人が相手であれば、たとえ関係がうまくいかなくてもその理由を相手の問題にできるので、姉との競争に負けたことにはならないからです。

誰か一人に決めることができないという人もいます。同時に二人と恋に落ちてしまうような人です。このような人に対して、アドラーは「二人を愛そうとすることは、事実上、どちらも愛していないことである」(『人生の意味の心理学』)といっています。この場合も、二人と恋に落ちたことを愛が成就しないことの理由にしたいのです。

二人を同時に愛した人は、二人のうちのどちらを選ぶか迷い悩むでしょう。そのように悩むことには目的があります。悩んでいる限り、二人のうちのどちらかに決めなくてすむからです。

つまり、悩むことの目的は決めないことです。悩むのをやめれば、すぐにどちらかの人を選ばなければなりません。悩むことは、選ばないためであり、選ぶことを先延ばしにする理由として必要なのです。