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なぜ人は「不幸な恋愛」に走るのか? 『嫌われる勇気』著者が分析

待望の「愛とためらいの哲学」
岸見 一郎 プロフィール

「出会いがない」は本当か

過去ではなく、今現在の生活のあり方に恋愛や結婚が思うようにならないことの理由を求める人もいます。出会いがないというのが、まさにそれです。

恋愛しようにも、出会いがない、女性ばかりの、あるいは、男性ばかりの職場なので、出会いがまったくないのが、自分の恋愛がうまくいかない理由だというのです。

たしかに、職場には恋愛や結婚の対象になる人がいないかもしれませんが、それでも通勤や通学途上で出会う人はいるはずです。

旅行が好きな人であれば、列車やバス、飛行機の中で、もちろん、旅先でも、出会う機会があるはずです。さらに、今は電話やメールで瞬時に遠く離れた地にいる人とでも繫がることができます。

このことがはたして愛を育むためにいいことなのかどうかは措いておくとしても、出会いがまったくないといわれても、にわかには信じることができません。

 

運命的な出会いがないという人は、本当は自分の人生を変えるような出会いをしていても気づいていないだけなのです。あるいは、気づかないようにしているのです。

結婚に憧れている人が運命的な出会いがないといいたがるのは、出会った人を恋愛の、そして、結婚するパートナーの候補者から外すためです。

なぜ、本当は出会いがあるのにないと思わないといけないかといえば、恋愛がうまくいかないことで傷つきたくないことが一つの理由、誰もが羨むような結婚をすることを友人と競っている人が、競争に勝つために現実に会う人を結婚の候補者から外すことがもう一つの理由です。

私が教えてきた看護学校や大学の看護学部の学生には女性が多いのですが、看護師を目指す男子学生も多くなってきたため、男子学生も少なからずいました。

「出会いがない場合はどうしたらよいのでしょうか」という質問に、「この教室に男子学生がいるではないですか」というと、女子学生からブーイングが起こりました。

シンデレラストーリーに憧れる人は現実の生活で出会う人を恋愛や結婚の候補者から外したいのです。相手の年収が一千万円であることを本気で結婚の条件と考えているのではありません。ただ、しつこく迫ってくる人を諦めさせたいがために、そう考えているだけかもしれません。

出会いがないといっている人は、友人が自分より先に誰かと付き合ったり、結婚したりすることになってもいいと考えています。関係がうまくいかないという現実に直面するよりは、「もしもいい人に出会えたら」という可能性の中に生きる方がいいと考えているからです。

恋は落ちるものなのに出会いがないと思っていた人が、実際には出会うだけでは駄目だということがわかれば、出会いがないこと以外に恋愛に踏み出さない理由を探します。

過去の経験に原因があると思う人も、出会いがないという人も、いずれも自分には問題がないと思いたいのです。もしも出会いがあれば、もしも相手に彼や彼女がいなければ……、と、仮定の世界に生きることになります。