密漁、密輸、産地偽装…作家が北海道で知ってしまった「食の闇」

食は命に直結するものなのに…
原 宏一 プロフィール

政治とは別の、ロシアとの繋がり

こうして寄り道しつつ、相変わらずほとんど信号がない快適な道を辿って80キロほど先の根室の町に入ったのだが、ここでもまた見慣れない看板に遭遇した。

日本語にロシア語が併記された道路標識が立ち並んでいたのだ。沿道の店の看板にもロシア語入りのものがけっこう見られる。

東京をはじめとする本州の公共の場では、英語、韓国語、中国語の併記が進んでいるが、北方領土問題で揉めている最前線の町で、まさかのロシア語が堂々と併記されていることに世情に疎い小説書きは驚いた。

意外とロシアと親交が深いんですね

その晩、たまたま入った郷土料理店の若女将に尋ねたところ、

そんなにめずらしい?

と笑われた。それほど現地の人には当たり前のことらしく、根室市街で何度かロシア人らしき人も見かけた。

政治的な問題はともかく、いまやそれほどロシアとは強い絆が結ばれているわけで、ロシア人と正規のビジネスに取り組んでいる水産関係者がたくさんいる一方、ロシア領海に入り込んで威嚇射撃されたり拿捕されたりする漁師もいる。それが現実だそうで、

結局、どこの国でも政治の世界と実社会は別だからね

と若女将は肩をすくめる。

それは裏社会においても同様だそうで、日ロの悪いやつらもちゃんと繋がってるみたいよ、と最後に若女将は声をひそめた。

そのとき、ぼくの頭の中で、釧路で聞いたウニ話と厚岸の密漁話、そして根室の現況がひとつに繋がり、新作のメインになるテーマが見えてきた。現地に着くまではもっと違う物語を考えていたのだが、こういう瞬間があるから現地は訪れてみるものだと思う。

ノンフィクションを書くわけではないので、ここから先は想像力を駆使して物語を組み立てる作業になるのだが、通りすがりの人たちの話を聞いただけでもこれだから、実態はどれほど酷いのかと思いやられる。

偽装だなんだと騒ぎ立てなさんな。どうせ味音痴の素人にはわからないんだし、安くて旨いと喜ばれて、おれたちも儲かるんだから、おたがい御の字ってやつだろう

こう言って開き直る人もいるそうで、規制するほどに裏をかいて儲けようとする輩が現れ、水産資源の減少に繋がり、真っ当な漁師の首を絞めている。そんな悪循環が続いていると思うと途方に暮れてしまう。

いずれにしても、食の世界は一筋縄ではいかない。

北のウニは旨いねえ、と能天気に喜んでいるだけでは何の解決にもならない、と身に染みた旅空の小説書きは、新作の着想を得た安堵感とは裏腹に、やりきれなさを抱えて道東の港町を後にしたのだった。

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