あれだけの事故が起きてもなぜ日本は「原発輸出」を続けるのか

大震災から7年、私たちが直面する問題
堀 有伸 プロフィール

既に述べたように、1940年体制は、それに適応する日本的ナルシシズムの心性の強い個人を生み出す。そしてそのような個人が、1940年体制を存続させるような経済と社会の体制を創り出すという循環を継続するのである。

心理学における反復強迫という言葉を連想する。そこから脱却するためには、この問題点を十分に把握した上で、それをやめるという明確な意図が必要である。

しかし問題は、ほとんどの日本人が、今までの来歴も現在のあり方も、このシステムに丸っきりのみ込まれていて、それに依存しきっていることである。

それを、外部の特権的な立場から批判するような姿勢で事足れりとする個人は、このシステムから徐々に疎外され、そのことによって社会との関係性が疎になり、弱体化してその影響力を減らしていくことだろう。

むしろこのシステムの内部において責任のある立場を引き受けつつ、このシステムへの依存度が低い富を蓄積していくことを意識する個人が増え、そういった人々の影響力が強まっていくことが、この苦境を乗り越えるために求められている。

〔PHOTO〕gettyimages

多くの行方不明者がいる、それを探す人がいる

もうすぐ3月11日である。

私が被災地にいて気がついたことの一つは、3.11の日に反原発運動にかかわる人々が、現地の人々の心情を省みることなく自らの政治的な主張を行ったことに対して、地元の住民たちが激しい怒りや拒否反応を示したことだった。

1940年体制や日本的ナルシシズムを私が批判するのは、それが人間を疎外する質を含むからである。しかし、それを批判したいあまりに、その批判行為自体が人間性の疎外を行ってしまっては、本末転倒である。

 

小論の冒頭に紹介した学会のシンポジウムの後で、南相馬の地元に戻った筆者は発表した内容について知人に見せて感想を求めた。

基本的には好意的に聞いてもらえたのであるが、一番強い反響があったのは、たくさんあったスライドの中のたった一枚に対するものだった。

それは「東日本大震災における死者数 直接死(ほとんどが津波):15893人(宮城県:9540人 岩手県:4673人 福島県:1613人 南相馬市:588人)、行方不明:2553人 震災関連死:3591人(宮城県:936人 岩手県:463人 福島県:2147人 南相馬市:497人)」という内容だった。

この中でも「行方不明者」について、自分の身近な人や周囲で、まだ行方不明のままの人がいること、そしてその近親者が、まだ必死にその人々を探し求めていることを話してくれた。普段は、そのような内容をその方々が語ることはほとんどないので、とても驚いた。

私の編集者になってくれている方は、小論を3月11日より少し前に書くことを勧めてくれた。私はそのことに、とても感謝している。

特に被災地では、3月11日にはこのような理屈は控えて、亡くなられた方々への哀悼の思いを示すことに時が費やされるべきであるからだ。