「差別」とは何か?アフリカ人と結婚した日本人の私がいま考えること

正論の押し付け合いは無力である
鈴木 裕之 プロフィール

国民どうしの差別も存在する。

かつて主要産品であるコーヒーとカカオの好景気で経済的に豊かになったコートジボワールには、近隣諸国からたくさんの移民が流入してきた。

アビジャン人口の4割近くはそうした外国人である。経済格差や歴史的経緯などを反映して、その関係はときに差別的となる。

たとえば、その多くがプランテーション農場の労働力として移住し、都市部ではボーイや家政婦として働くことの多いブルキナ・ファソ人に対し、たいていのコートジボワール人は上から目線である。

あるレバノン人の経営する美容院のエアコンが漏電し、店先の配線に触れた女の子が感電死した事故があったときのこと。

仏語圏アフリカでは多くのレバノン人が移住し、その同胞ネットワークと資金力にものをいわせて経済を牛耳っている。

普段から嫌われ者のレバノン人がこんな事故を起こしたのだから、さぞかしひどい目に合わされるのだろうと思ってみていると、みな妙に冷静である。

警官が黙々と事情聴取をおこない、人々は好奇の眼でそれを見つめる。するとどこかから、こんなささやきが聞こえてきた。

「娘がナイジェリア人だったからよかったけど、もしコートジボワール人だったら、あのレバノン人、ただじゃ済まなかったぜ」

私は唖然として、その場を立ち去った。

 

アフリカでは国民のほかに民族という単位が重要であり、これがまた差別感情を生みだしている。

多民族国家であるアフリカ諸国では、あきらかに言語、文化、歴史が異なる人々が共住している。東京と同じく、各地方からやってきた人々で満ちあふれるアビジャンは、当然ながら多くの異なる民族でごった返す。

国内に約60の民族を抱え、そこに近隣諸国からの諸民族が合流する。それが豊かな音楽文化、服飾文化、食文化などを生みだし、メトロポリスとしての魅力となっているのだが、この「豊かさ」は容易に差別へと転換する。

コートジボワールは2003年から国内を南北に分けた内戦を経験している。もちろんこれは複雑な政治的対立の結果であるが、多分に民族対立の要素を含んでおり、さらに北部=イスラム教、南部=キリスト教という宗教対立の様相も呈していた。