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坊さん、遍路を再開する。

そして僕は四国遍路を巡る④
白川 密成 プロフィール

お遍路の誰もが持てる 不仕合(ふしあわせ)

浄瑠璃寺から、北にほんの1キロの場所に四十七番八坂寺(やさかじ)はある。修験道(しゅげんどう、日本古来の山岳信仰に基づく信仰)の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)が開いたと伝えられるお寺だ。少し先輩ではあるものの同世代の住職さんは、キリッとした男前だが、面倒見のいい優しき先輩である。

 

僕のいる栄福寺にはお墓がないので、見晴らしのいい隣接する墓地、八坂霊園を見学した後、本堂にお参り。晴れてきた空から太陽が姿を現し、体に太陽を浴びていると「今日は1日、太陽の光を浴びながら掃除して過ごしました、みたいな1日が日常にもっとあってもいいな」なんていうことを考えていた。—日々、忙しい。—そんな言葉を常套句のように知らず知らず使ってしまうけれど、そうしているのは、自分自身でもあるのだ。

写真:著者提供

納経所では住職さんと僧侶である弟さんが二人でおられて、僕が納経所に入った途端、いつもの笑顔で、「おいおい、白川〜」と迎えてくださる。

ご住職が地元のフリーペーパーで女性アナウンサーの皆さんと遍路についての座談会をされていたので、「あの仕事はうらやましいですねー。はは」と一通り軽口を叩いた後、納経所を辞する前に、住職さんから僕の子供達に、今年の干支の置物と懐かしの5円玉の形をしたチョコレート「ごえんがあるよチョコ」を頂く。お寺から子供達への贈りものにしているとのことだが、たしかに「ごえんがあるよチョコ」を、お寺で頂くとなぜかちょっとうれしい。

写真:著者提供

八坂寺の境内には、明治32年生まれの愛媛出身の高僧(高野山真言宗管長を務めた)、森寛紹(もりかんしょう)猊下(げいか、猊下は管長や高僧の敬称)が、俳号の白象(はくしょう)の名前で残した句碑がある。森猊下が高浜虚子に師事されていたのをはじめて知った。

「お遍路の誰もが持てる 不仕合(ふしあわせ)」

森猊下が三男を亡くされ、遺骨を抱えて四国遍路に出た時に、詠んだ句である。お遍路を詠みながら、白象は、この世に生きるすべての生き物の「思い通りにならぬ悲しみ」を口にされたのかも知れない。

写真:著者提供

「身をつつしみ、ことばをつつしみ、食物を節して過食しない。わたくしは真実をまもることを草刈りとしている。柔和(にゅうわ)がわたくしにとっての〔牛の〕軛(くびき)を離すことである」(『スッタニパータ』第1章、78)

次の寺に来るまで向かいながら、納経所での自分の言葉を振り返り「慣れ親しんだ土地や相手でも遍路中は言葉に注意しないとな」と反省しながらも、「ごえんがあるよチョコ」をむさぼっている自分がいた。

しかし、「つつしむ」—度を超さないように控えめにする—なんていうことを、ぼーっとしながらも、正面からすこし真剣に考える、なんてことも遍路の功徳のひとつだと思う。考えてみると、僕も社会も「度を超えている」ものが、あまりにも多いから。

仏教は「坊さん」だけが独占するには、あまりにもったいない。24歳、突然住職に。笑いあり、涙あり、不思議感溢れる坊さんワールド。