春節の中国農村で見た、圧倒的に貧しいけれど笑顔の人たち

確かに格差はある、しかし…
青山 潤三 プロフィール

この三省の境界には、その数年前にも訪れていました。その時見た美しい光景が、今も筆者の目には焼き付いています。

ほとんど垂直に切り立った崖の道を、お父さんに手を引かれて、純白のウエディングドレスを着た花嫁さんが下りてきます。崖の下には車が待っています。まさにこれから、結婚式に向かうところなのでしょう。

この時もひたすら感動して、うっかりシャッターを切るのを忘れてしまいました。

彼らは本当に「貧しい」のか

中国の「田舎」というと、皆さんはどのような場所を思い浮かべるでしょうか?

超近代的な大都市とは、比べ物にならないほど貧しい。中国は国内の格差があまりに大きい…。

確かに、その通りかもしれません。都市部のエリートには、いまや月収100万円近くを稼ぎ出す人もそう珍しくない一方で、農村の住民たちの多くは、1日1円や2円の稼ぎを得るために、毎日汗水を垂らして働いているのが現実です。

春節の行事のひとつ、先祖供養(広東省紹関市で2015年の春節に撮影)

でも筆者には、「中国の田舎」の人々が「貧しい」とはどうにも思えません。言葉遊びと言われるかもしれませんが、彼らは「貧乏」ではあっても「貧しい」わけではないーーそう思えてならないのです。

これは筆者の独断ですが、中国国民を大きく3つに分けてみましょう。

(A)大富豪

(B)田舎の住民(地方都市ではなく、本当の田舎の村に住む農民や漁民)

(C)それ以外の人々(沿海・内陸にかかわらず、都市の住民)

(A)については、親しい知人がいるわけではないので、評論のしようがありません。その桁外れの金銭感覚や世界観についていける気もしません。

(C)には、富裕層も貧困層も入ります。彼らは生活水準は違えど、「都市」という同じ土俵の上にいるからです。

しかし、これら二つと(B)の人々は、そもそも人生の土俵が異なります。

ご存知の方も多いでしょうが、中国国民の身分は「都市戸籍」と「農村戸籍」で厳密に分かれています。詳細は割愛しますが、「農村戸籍」をもつ人々が都市部で暮らそうと思うと、様々な制約が課せられます(例えば移動ひとつをとっても、複雑な手続きが必要になることがあります)。

「農村戸籍」の人間が「都市戸籍」を取得するのは、並大抵のことではないようです。多くの田舎の住民(以下、漁村・漁民なども含めて「農村」「農民」と表記します)は、「都市戸籍」を得ることを人生の目標としている、と言っても過言ではないかもしれません。

一方、都市で暮らす人が必ずしも「都市戸籍」の住民とも限りません。「農村戸籍」のまま都市で働いている人のほうが、現在は多いのかもしれません。彼らは同じエリアで働いていても、「都市戸籍」の持ち主とは収入面で大きな格差があります。

 

いつも満面の笑顔

ところで、あくまで一般論ですが(実際にはそんなに単純ではないので)、農村から都市に出稼ぎに行く農民もたくさんいます。中には、首尾よく「都市戸籍」を得る人もいるでしょう。

中国の社会は、現在の日本とは根本的に考え方が異なり、家族(あるいは一族や、村の場合もある)が単位となって構成されています。個人が稼いだ金の多くは、その人が属する家族や村に還元されるという考え方が残っています。

農民の収入は、都市で働く人々の稼ぎに比べて、それはもう驚くほど少ないものです。しかし、一方で物価もまだ圧倒的に安いですし、出稼ぎの人たちの収入もある程度入っています。実際に農村を訪れ、住民たちと交流してみると、もちろん豊かだとは言いませんが、彼らが貧困であるとも思えないのです。

筆者撮影

もうひとつ、筆者がいつも感じることがあります。中国の大都市に住む富裕層は、いまや日本人と比較しても金持ちです。「億ション」を保有している人もゴロゴロいるでしょう。

都市の経済は右肩上がりで発展し、物価も収入もどんどん上がっていきます。ついて行くのが大変です。しかも、何らかの巨大な「クライシス」に直面した時、そうした「富」は一瞬にして霧散してしまうかもしれません。

そうした「富」は、その基盤となっている様々な経済活動や消費文化ともども、結局のところは単なる虚構なのではないでしょうか?

一方の農村で人々が得ている収入は、都市住民のように右肩上がりとはいかないでしょう。いつまで経っても生活水準はほとんど変わらず、都市部との格差は開いてゆくばかりです。

しかし農村には、都市にはない土地や資源が潤沢にあります。中国の場合は、汚染などの様々な悪影響を受けているところも少なくありませんが、少なくともこれらは「虚構」ではありません。農村の住民たちのほうが、よっぽど地に足がついていると思うのです。

筆者は今、これまで約30年にわたって中国各地で撮影してきた膨大な写真を整理中です。そのほとんどが野生生物なのですが、人物写真も少なくありません。

その中で、あることに気がつきました。

都市部で撮った人は、たいてい無表情。それに対して、田舎の人たちは、老若男女みんながみんな、満面の笑みを湛えているのです。

中国社会に激しい格差が存在するのは事実です。ただ、彼らの笑顔を見ていると、「格差は本質的な問題ではないのではないか」という気持ちになってきます。もとより、農村と都市を同じ価値観のもとに比較すること自体が、おかしいのかもしれない…と。