雲南省羅平の菜の花畑(筆者撮影)

春節の中国農村で見た、圧倒的に貧しいけれど笑顔の人たち

確かに格差はある、しかし…

ジャーナリストでも観光客でもない、「中国奥地で活動する70歳の自然写真家」という視点から、「中国の地方」の実態を切り取る青山潤三氏の連続レポート。今回のテーマはお正月=春節。中国の人々はどう過ごしているのでしょうか?

ゴーストタウンから新年好!

2月16日、中国は2018年の春節を迎えます。春節はご存知の通り旧暦の元旦で、毎年日付が異なります。ちなみに昨年は1月28日でした。中国では新暦の1月1日は「普通の日」で、はるかに春節のほうが重要です。

春節の前には、都会で暮らす人々もそれぞれの故郷に帰ります。われわれ外国人旅行者は、うっかりしていると、宿に泊まることも食事をとることもできなくなってしまいます。

ところでこの原稿は、中国人のアシスタントMが広州で借りてくれたアパートで、春節の6日前に書いています。Mは今日から春節明けまでの10日間、昨年生まれた赤ちゃんのお披露目も兼ねてご主人の実家に帰省します。筆者がその間一人で食事できるよう、2週間分のお米を買い置きしてくれました。

筆者には相変わらずお金がなく、すでに手持ちの生活費は2000円を切っています。ですが、少なくともあと2週間は、白米と近所の食堂の100円焼きソバ・焼きビーフンで食いつなげます。楽勝です。

そう思って、先ほど夕食を食べにアパートの外に出たら…まるでゴーストタウンのように真っ暗で、すべてのお店が閉まっています。まだ春節まで6日もあるというのに…。

お店を探して近所を1時間近く歩き回ったのですが、どこも開いていません。このあたりは大都市郊外の工場地帯なので、工場で働く地元の人たちは、ほとんど田舎に帰ってしまっているのです。もちろん、広州の都心まで出れば開いている店も見つかるでしょうが、交通費がもったいない。

というわけで、春節が明けるまでの10日近く、朝昼晩を白いご飯だけで過ごすハメになりました。中国の油っこい食事に未だに慣れないわが身にとっては、「白いご飯」は最高のご馳走ですが、さすがにきついかも…でも、仕方がありません。

 

春節の農村で触れた優しさ

筆者はこれまでも、春節の時期には苦労をしてきました。例えば、2007年(今はすっかり有名になってしまった)雲南省・羅平の菜の花畑を撮影に行ったとき。例年、春節初日前後の撮影は避けていたのですが、この年はうっかり大晦日にあたる日に訪れてしまったのです。

羅平の町に着いて食事をしようと思っても、ホテルの食堂は営業していないし、町中を探しまくっても、営業しているお店は1軒も見つかりません。

途方に暮れていたとき、バスターミナルからホテルまで送ってくれたタクシー運転手のおばちゃん(中国の地方には、女性のタクシードライバーが非常に多いのです)が、「困ったことがあったら連絡してね」と名刺を渡してくれていたことに気が付きました。

筆者撮影

電話をかけてみると、さっそく駆けつけてくれました。「ご飯を食べさせてあげるから、乗りなよ」と言うので、どこに食堂があるのだろうと思っていると、着いたのはおばちゃんの家。

実は彼女のご主人はお医者さんで、どうやら町一番の裕福な家庭のようなのです(といっても、日本なら「中流家庭」に相当する水準と思いますが)。

このご家族、本当に優しい人たちで、「春節の間、私たちが面倒を見てあげるからね」といって食事を用意してくれただけでなく、高校生のお嬢さんと中学生の息子さんが、つきっきりであちこちを案内してくれました。

大晦日の夜は餃子など、日本で言うおせち料理を食べながら過ごします。年越しの瞬間には、この世の終わりかと思うほどの爆竹と花火の轟音に、町中が包まれます。しかしそんな時にも、お医者さんのご主人は「急患が出た」といって、着の身着のまま飛び出して行きました。お医者さんは偉いなあ…。

春節元日の朝から、お子さん2人と一緒に菜の花畑の村を訪れました。途中、「私たちの親友なの」といって、道端の小さな商店に住む子供たちを紹介してくれました。

個室を与えられている姉弟2人と違って、その親友の家では、壁に取り付けられたまるで寝台列車のような、寝床兼用の狭い空間だけが子供たちの「部屋」でした。

菜の花畑の村(筆者撮影)

彼らのあいだには大変な格差が横たわっています。でも、本当に仲良しらしく、全然そんなことは感じさせません。

春節2日目の夜は、車で1時間かけて、隣の貴州省の一族の村(雲南省・貴州省・広西壮族自治区の境付近にあります)で行われる新年の集まりに、ゲストとして参加させてもらいました。ここでも大量の爆竹と花火が打ち鳴らされ、あまりの迫力に見とれるばかりで、撮影を忘れてしまったほどでした。

見渡す限りの菜の花(筆者撮影)