絶対王者・羽生結弦をめぐる「大メディアフィーバー」に潜むもの

どんな結果でも「英雄伝説」は作られる
森田 浩之 プロフィール

「戻ってきてくださって、ありがとうございます」

もちろん羽生は、まだ平昌で栄冠を勝ち取ったわけではない。

けがを(おそらくは)克服してオリンピックに出場できる見通しとなり、現地入りし、氷上でいくらか滑っただけだ。それが微に入り細に入り報じられている。いま羽生をめぐるメディアは、やや躁状態に陥っているかのようだ。

彼の一挙手一投足がこんなにも報じられるのは、3ヵ月という羽生の長すぎた「不在」によるものだろう。この3ヵ月という時間が、羽生を求める「飢餓感」のようなものを生み、それが爆発したように思える。

ただ羽生の不在によって飢餓感をおぼえていたのは、ファンや視聴者よりも、どちらかといえばメディアかもしれない。

〔PHOTO〕gettyimages

13日の午前中に羽生は本番のリンクで調整し、その後に約20分の記者会見を行った。

そこで印象的だったのは、数人の日本人記者が質問の前に「戻ってきてくださって、ありがとうございます」と言っていたことだ。

これは「私たちの前に、勝負の場に、戻ってきてくれてありがとう」という意味だろう。しかし「けがから復帰されて、おめでとうございます」という祝福の言葉を受けるならまだわかるが、このように感謝されるアスリートはめったにいないはずだ。

この会見には英語の通訳がついていて、「戻ってきてくださって、ありがとうございます」という日本語を字義どおり、“Thank you so much for coming back.”と訳していた。

会見場にいた外国人ジャーナリストには、日本の記者たちが何に感謝しているのか、よくわからなかったかもしれない。

 

時代を超えたヒーローの語られ方

ここまで羽生が持ち上げられるのは、もちろん実績と人気があるからだ。しかし今、羽生の「物語」はそこにとどまらない。

右足首の負傷から3ヵ月にわたって試合に出られなかったという「挫折」を経たことで、彼の「物語」はさらに壮大なものになる可能性がある。

ジョーゼフ・キャンベルというアメリカの神話学者がいる。彼はその著書『千の顔をもつ英雄』(邦訳・早川書房)の中で、ヒーローの語られ方に時代や文化を超えた共通の枠組みがあることを指摘している。

キャンベルによれば、世界の英雄伝説には「セパレーション(旅立ち)→イニシエーション(通過儀礼)→リターン(帰還)」という3段階の構造がある。

「セパレーション」の段階では、ヒーローは冒険への使命を受け、日常の世界から危険な世界へと旅立つ。

「イニシエーション」では、魔の領域に突入したヒーローがさまざまな試練に直面する。そこでヒーローは超自然的な能力を獲得し、ついに偉業を達成する。

最後の「リターン」で、ヒーローは元の世界に帰還する。彼は冒険で得た収穫物を人びとに与える。それによって共同体は活気に満ち、祭りが行われ、社会の秩序が保たれる。

この英雄伝説の基本構造がわかると、古今東西、いかに多くの小説やオペラや映画に、キャンベルの言う物語の形式が使われているかが見えてくる。

あのジョージ・ルーカスも映画『スター・ウォーズ』シリーズを構想したときに、キャンベルの分析から影響を受けたことを認めている。