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コーヒーはどこで発見され、いつから「おいしい飲み物」になったのか

マニアックな「謎」に迫る

コーヒーの「故郷」はどこ? コーヒーを最初に飲んだ人はだれ? 焙煎方法はいつ、どのようにして編み出されたの?……『コーヒーの科学』や『珈琲の世界史』で、博覧強記ぶりをいかんなく発揮した研究者・旦部幸博氏が、コーヒーにまつわるマニアックな「謎」の数々に迫った!

コーヒーの「旬」はいつ?

まだ寒さの残るこの時期は、コーヒーがおいしい季節である。

どこからか、「年中同じようなこと言いながら飲んでるじゃない?」という声が聞こえた気もするが、それはさておき、窓の外でちらつく雪を横目に見ながら啜るホットコーヒーが格別なことは間違いない。

「コーヒーの『旬』って、いつですか?」と訊かれることもあるが、簡単なようでなかなか難しい質問だ。そもそも生産する国や地域によって収穫期自体が異なるし、手元に届くまでには輸送や検疫の関係から数ヵ月のタイムラグがある。

またプロの喫茶店主の中にも、穫れて間もない豆の方が個性が際立つと主張する人もいれば、何年か寝かせてから焙煎する方がまろやかになると力説する人もいて、「旬」と呼べる季節は特にないと言わざるを得ない。

とは言いつつも、生産国から収穫の便りが届くと、何だか胸が沸き立つ気分になるのも確かだ。グアテマラやコスタリカ、エチオピアなど北半球側のコーヒー生産国の多くは、冬に収穫期を迎える。

昨今は日本から視察に赴くコーヒー関係者も増え、リアルタイムで現地の情報が送られてくるようになった。SNS等にアップされた、真っ赤に熟したコーヒーの果実の写真を見ていると、日本に届く日のことが一層待ち遠しくなる。

コーヒーの「故郷」はどこ?

いまやコーヒーは1日に約25億杯が消費される世界的飲料だ。しかし、そんなありふれた飲み物なのに、その発祥についてはいくつもの謎が残っている。

我々が飲むコーヒーは、アフリカ大陸原産の植物「コーヒーノキ」の種子(コーヒー豆)を焙煎、抽出して作られる。なかでも最初に見つかったアラビカ種は、「人類の揺りかご」と呼ばれるエチオピア西南部の高地に人類誕生の遥か以前から自生していた。

ただし、コーヒーという飲み物がはじめて歴史に姿を現したのは15世紀、アラビア半島南端のイエメンである。スーフィーと呼ばれるイスラーム神秘主義者たちが、夜を徹して行う修行のときの眠気覚ましに飲んだ「カフワ」と呼ばれる飲み物がこれに当たる。

やがて彼ら以外の人々も飲むようになって、世界中へ広まっていった。このため、エチオピアとイエメンの二つの国が、それぞれ「コーヒーの故郷」を名乗っているのが現状だ。

イエメンで「カフワ」が普及した経緯については、16世紀カイロで著された文献に記録が残っている。それによれば14世紀の終わり頃、エチオピアから紅海を渡ってイエメンのモカの町(後にコーヒー豆の輸出港として栄え、コーヒーの代名詞にもなった)にやってきた一人の偉大なスーフィー――後に「モカの守護聖人」とも呼ばれた人物だ――が最初に広めたのだそうだ。

ただし当初はカート(チャット)という高地産植物の葉を煮出した茶のような飲み物で、覚醒作用は強いが原料の鮮度が落ちると効かなくなる欠点があった。

このため、山から遠いアデンという港町で、法学者たちのトップに就いていた別のスーフィーが、エチオピアの紅海沿岸部(ジブチ、ソマリア)で薬用にされていたコーヒーの種子や果実にも同じ効果があると人々に紹介した。

この「コーヒーで作るカフワ」は保存が効き、長距離輸送も可能だったため、イエメンからマッカ(メッカ)、カイロ……と広まっていったのだという。

イエメンとエチオピア、双方の主張を斟酌すれば「コーヒーノキの故郷はエチオピアで、飲み物としての故郷はイエメン」と言ったところだろうか。

しかし、イエメンに伝わる以前のエチオピアに「(飲み物としての)コーヒー」は本当に存在していなかったのだろうか?

 

じつは先の文献の著者は「この二人のスーフィーがアラビア半島で最初にコーヒー(カフワ)を広めた功労者だが、それ以前のエチオピアでの利用の経緯はわからない」と率直に認めている。

少なくとも、コーヒーノキが自生するエチオピア内陸部の西南諸部族らの間では、種子だけでなく果実や葉が飲食物や薬として、かなり古くから利用されていたようだ。

求婚する女性の家に贈ったり、移住する土地に薄く煮出したコーヒーを播いたりするなど、さまざまな生活儀礼にも用いている。ただ、彼らの文化には文字が無く、史料が残っていないため、こうした風習がいつ頃始まったのかは不明である。