「ゲームを止められない」が今年から病気になる事情

医者には治せないんだけど…
美馬 達哉 プロフィール

現在の脳科学では、心理的依存はじつは「学習」と同じメカニズムから生まれると考えられている。

それは、強化学習と呼ばれるタイプの学習である。「関ヶ原の合戦は1600年」のように知識を記憶する学習ではなく、報酬(動物ならエサ、人間ならお金や賞賛など)を獲得するために、試行錯誤でベストなやり方を探究することを意味している。

勝ったり負けたりを繰り返している間に、ゲームが強くなっていく「学習」が典型的だろう。ちなみに、これはAI(人工知能)での学習と同じ仕組みである。

コンピュータにはエサはないが、デジタル的な点数を報酬としてPCに与えてやり、点数を高めることを目指して「学習」する。

 

お金や賞賛が得られる快感を判断する仕組みは、人間の脳内で報酬回路と呼ばれている。そこには、脳内物質の一種ドパミンが関わっていることまで分かっている。

そして、物質・非物質(ゲーム、ギャンブル、人間関係など)を問わず、依存とは人間の快感をつかさどる脳内の報酬回路が暴走して、一つのことだけを繰り返すようになり、理性的思考ではコントロールできなくなった状態として共通しているというのだ。

いいかえれば、依存や嗜癖は、物質そのものの性質によって引き起こされるというよりは、人間の脳内回路のクセによって引き起こされるわけだ。

ゲームと脳内回路というと、ゼロ年代にニセ科学として論争となって完全否定された「ゲーム脳」を思い出す人がいるかもしれないが、依存症と報酬回路の関連説はまったくの別物で、神経科学や精神医学で広く受け入れられている。

〔PHOTO〕iStock

医療化は対策として役立つのか

問題は主として人間の脳内回路にあるにもかかわらず、依存症への対策というと物質やゲームやギャンブルへの「規制」が大きく取り上げられる。

しかし、こうした事情から、何が規制されるかという点は、社会的価値観に大きく影響されて恣意的になってしまう。

たとえば、依存症を起こしやすい物質の内で、依存症の成りやすさや健康への有害度では最悪といわれているのはアルコールだが、これは食品の一種と見なされている。

また、日本では厳しく法的に規制されている大麻は、オランダやアメリカのカリフォルニア州では合法的に娯楽に用いることが許されている。

ゲーム障害になるリスクがあっても、ゲームそのものを規制するのは現実的ではないだろう。

ゲーム機やソフトの業界団体エンターテインメント・ソフトウェア協会(ESA)はスポーツの熱狂的ファンが病気でないのと同じでゲームのファンを病気にすべきではないと反対意見を述べている(2018年1月4日)。

では、対策として「病気と名指すこと(医療化)」は役立つのだろうか。答えはイエスでもノーでもある。

本人たちにとって、「ネトゲ廃人」よりは「ゲーム障害」のほうが非難されている感じは少なく、罪悪感のハードルが下がって、周囲の人たちに相談したり支援を求めたりできやすくなるだろう。

ただし、病気だから医師や専門家にかかることがプラスかといえば、依存症は一般的にそうでもないと分かっている。

専門家ではなく、同じような苦しい経験をした仲間(ピア)のサポートのほうが有効なのだ。たとえば、アルコール症であれば、断酒会やアルコホーリクス・アノニマス、薬物依存であればダルクなどである。

ゲームへの熱中が、医師には治せないにもかかわらず「病気」にされる現象は、過度なものやとんがった性質を恐れる横並び社会としての現代を映し出しているように見える。