小泉純一郎がいま明かす「電撃訪朝」の舞台裏

確信はなかった。しかし…

元総理がすべてを明かした

元総理・小泉純一郎氏が76年の人生遍歴を綴った初の回想録『決断のとき』を出版した。

「永田町の変人」と呼ばれた男は10年以上前に権力を手放した後、原発ゼロを強く訴え、一昨年には東日本大震災の救援活動後に原因不明の病に伏した元アメリカ兵のために「トモダチ作戦被害者支援基金」を設立した。

同書は、政界引退後のライフワークから「終活」まで「小泉劇場・最終章」のシナリオを大胆に公開しつつ、刺青の入った祖父の面影、「東大不合格」の過去、出世してわかった角栄の威力、小沢一郎の評価、YKKにいた「第4の男」、「竹中起用」の仕掛け人、イラク戦争支持のワケ、郵政解散前の「干からびたチーズ」騒動、ブッシュとの本当の仲、靖国参拝の舞台裏、辺野古V字滑走路の狙い、進次郎の「本当の母」……など、272ページの中に「小泉純一郎のすべて」が詰まった聖域なき労作だ。

企画から構成に至るまで、小泉家の取材を続けるノンフィクションライターの常井健一氏に委ね、小泉氏も自ら筆を執りながら1年以上を費やして二人三脚で書き上げられた。

今回は特別に許可を得て、『決断のとき』の一部を「そのまんま公開」という形で読者にお届けする。テーマは、「電撃訪朝の舞台裏」だ。(写真はすべて常井健一氏撮影。以下は小泉氏が綴った文章)

 

義侠心

30代の頃、駆け出しの政治家だった私を支援してくれた近所の豆腐屋さんがいました。基金の活動で飛び回っているあいだ、そのオヤジさんのことを思い出しました。当時は70代で、よく横須賀の自宅にお茶を飲みに来ていました。ある日、その豆腐屋のオヤジさんが礼服を着てやってきて、急に「あちゃー、忘れちゃったよ」と言い出して困った顔をしている。そして、私の家族に「義理袋あるか」と訊ねました。

そのとき、私は「義理袋」がなんのことなのかわかりませんでした。オヤジさんは任侠の世界にも顔が利く人だったから、「義理」とつくからにはきっと大事なものなんだろうとなんとなく察しはつきました。聞いてみると、香典袋のことだと言う。

お祝いやお悔やみのときに気持ちを込めて相手に渡す袋をそう呼ぶそうです。トモダチ作戦被害者支援基金も「義理袋」に通じるものがあるように思えます。

孟子曰く、「仁は人の心なり、義は人の路なり(仁人心也、義人路也)」。政治家である以前に人間として一番大事なのは、義理と人情だと思っています。孔子の『論語』にも「義を見てせざるは、勇なきなり(見義不爲、無勇也)」とあります。

人としてやるべきことをやる。寄付を頼みに行ってもその後なしのつぶての人もいたけど、頼んでもいないのに寄付してくれた人がこんなにもいた。私は今回の活動を通じ、政治家に限らず、日本人の多くが義侠心を重んじていることにいたく感動しました。

「義侠心」とは私が最も好きな言葉かもしれません。英語に訳すと「ミッション(使命感)」と「レスポンシビリティ(責任感)」を融合させた感じでしょうか。それは決して日本特有のものではなく、世界に通用する概念だと思います。

小泉氏直筆の原稿

昔、オーストラリアではこんなことがありました。

第二次世界大戦中、旧日本軍は真珠湾奇襲とは別に、ふたり乗りの特殊潜航艇をオーストラリアのシドニー湾内に潜航させて、魚雷で攻撃し、現地で犠牲者を出しました。そんななか、捕らえられた潜航艇内で自決した日本人兵士に対して、オーストラリア海軍はなんと、海軍葬をもって葬りました。

普通、自国を攻撃した兵士をそのように礼を尽くして弔わないでしょう。執行したオーストラリアの海軍少将は、「これら日本海軍軍人によって示された勇気は、誰によっても認められ、かつ一様に推賞されるべきものだ」と述べた。彼らの棺は日章旗にくるまれ、その後、遺骨は戦時交換船で日本に届けられました。

さらに、戦後20年ほどたってから、その日本人兵士の母親が慰霊のためにオーストラリアに行くと、ときの首相らが温かく迎えてくれました。地元の新聞は「勇者の母来る」と報じて歓待した。私は総理のとき、オーストラリアを訪問した際、この逸話をハワード首相を前にスピーチし、感謝の意を伝えました。

そんな話は現地の日本人もはじめて聞いたと言っていた。まさに、日本で言うところの武士道に通ずるエピソードです。

現実を直視すること

政治家にとって、もうひとつ必要なのはやはり現実を直視することだと思います。現実に起こる問題は、現場を見なくてはわかりません。

同時に当事者に直に聞いてみないと実態はわかりません。また聞きではどんなにききつづけても本当のことはわからない。何事も現場に問題の核心があるからです。多くの場合、当事者たちも政治家が直接訪ねて来ることを期待しています。

2002年9月の北朝鮮訪問も、そうでした。拉致被害者が本当に生存しているかどうかは、現地に行ってみなくてはわからないことでした。

北朝鮮側は総理が会いに来ないなら、なにも話さない、相手にしないと言う。総理が行けば、拉致について明かす可能性がある。でも、金正日総書記に会えたとしても、本当のことを言うかどうかわかりません。なにしろ、国交がないのです。

政府のなかでは「国交のない国に日本の総理大臣が行っていいのか」という意見もあれば、「結果がどうなるかわからないのに行くのはどうか」という意見もありました。

それでも、私は北朝鮮に乗り込む決断をしました。