ボクシング「47都道府県」世界戦が一度も行われていないのは何県?

分かった人はスゴイ
近藤 隆夫 プロフィール

地方のリングで闘い抜いた昭和の王者たち

過去に行われた世界タイトルマッチ一覧を見ていると、改めて気がつくことがある。それは、近年、試合数が大幅に増えたのに対して、東京(及び東京近郊)、大阪(及び大阪近郊)以外での大会開催の割合が極端に減っていることだ。

昭和の時代は、世界タイトルマッチが、よく地方会場で行われていた。そのことは、元WBA世界J・フライ級王者・具志堅用高の15度にわたる世界戦に表れている。振り返ってみよう。

 

<具志堅用高、全世界戦>

奪取 [1976年10月10日]山梨・山梨学院大学体育館 vs.ファン・ホセ・グスマン(ドミニカ共和国)
V1 [1977年1月30日]東京・日本武道館 vs.ハイメ・リオス(パナマ)
V2 [1977年5月22日]北海道・札幌真駒内屋内競技場 vs.リゴベルト・マルカノ(ベネズエラ)
V3 [1977年10月9日]大分・別府市営温泉プール vs.モンシャム・マハチャイ(タイ)
V4 [1978年1月29日]愛知・愛知県体育館 vs.アナセト・バルガス(フィリピン)
V5 [1978年5月7日]広島・広島県立体育館 vs.ハイメ・リオス(パナマ)
V6 [1978年10月15日]東京・蔵前国技館 vs.鄭 相一(韓国)
V7 [1979年1月7日]神奈川・川崎市体育館 vs.リゴベルト・マルカノ(ベネズエラ)
V8 [1979年4月8日]東京・蔵前国技館 vs.アルフォンソ・ロペス(パナマ)
V9 [1979年7月29日]福岡・北九州市総合体育館 vs.ラファエル・ペドロサ(パナマ)
V10 [1979年10月28日]東京・蔵前国技館 vs.チト・アベラ(フィリピン)
V11 [1980年1月27日]大阪・大阪府立体育会館 vs.金 龍鉉(韓国)
V12 [1980年6月1日]高知・高知県民体育館 vs.マルチン・バルガス(チリ)
V13 [1980年10月12日]石川・金沢実践倫理会館 vs.ペドロ・フローレス(メキシコ)
陥落 [1981年3月8日]沖縄・具志川市立総合体育館 vs.ペドロ・フローレス(メキシコ)

具志堅だけではない。元WBA、WBC世界J・バンタム級王者の渡辺二郎、元WBC世界フライ級王者・大熊正二らも、たびたび地方会場でタイトルマッチを行っていた。これに対して、井上尚弥、田口良一ら現在チャンピオンが地方で防衛戦を行うことはほとんどない。

プロボクシングが、「興行」から、テレビ主導の「イベント」へと姿を変えたことと無関係ではないだろう。

ちなみに我が故郷・三重県でも過去に2度、世界戦が実現している。

いまから40年近く前の79年6月20日、四日市市体育館で行われたWBA世界J・ミドル級タイトルマッチ、工藤政志vs.マヌエル・ゴンザレス(アルゼンチン)。工藤が12ラウンドTKO勝ち、3度目の防衛に成功した。もう一つは、83年2月24日、津市体育館でのWBA世界J・バンタム級タイトルマッチ、渡辺二郎vs.ルイス・イバネス(ペルー)。渡辺が8ラウンドKO勝ち、3度目の防衛に成功している。

だが、この試合以降、35年以上もの間、一度も世界戦は行われていない――。