死刑判決を下した裁判官の「その後の人生」

精神を病んだ者、法廷を去った者…
岩瀬 達哉

「たしかに法廷で長く審理をしていると、犯人に対しても、同情の念がわき起こることがある」

こう語るのは、現職のベテラン刑事裁判官だ。

「ただ、法定刑として死刑が定められている法制度のもとでは、裁判官は、その罰則の適用にあたり、最高裁が示した『死刑選択の基準』に従わざるをえない。

なんとか生かしてやりたいと人情に流されて、死刑回避を許せば、個々の裁判官に重刑廃止の立法権を与えることになるからです」

だからこそ、死刑を宣告したのち、この判決をほかの裁判官がどう考えるか。再考すべき手がかりが、何かあるのかもしれない。そう思って、現行法で取り得るギリギリの限度として、控訴や上告を勧めるのだ。

現在、宮崎市で公証人を務める小松平内も、そんな元裁判官のひとりだ。

地裁の裁判長として3件の死刑判決を下し、地裁の陪席裁判官としても死刑判決に関与した。

宮崎地裁の裁判長時代、小松は、涙ながらに死刑を言い渡したとして、新聞に報じられている。

「最後は絞り出すような声で『内外の死刑に対する意見もあるが、被告の罪責は最も重い部類に属し、極刑をもって臨むのはやむをえないと考える』と言い、死刑を言い渡した。さらに『控訴し、別の裁判所の判断を仰ぐことを勧める』と述べた」(「毎日新聞」2001年9月26日付)

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公証人役場の応接室で、当時を回想しながら、小松は、おもむろに口を切った。

「あの判決文は長かったんですよ。いちばん大事なところは僕が担当したけれど、2人の陪席裁判官と手分けして朗読した。新聞で報じられたのは、量刑理由のところです。

犯人の生育歴や、被害者らの人生をまとめた箇所ですが、殺されたふたりの女性は、数奇とまでは言わないけど、何とも言えない人生を送っていた。

ふたりとも、中高年の域に達した頃、ようやくいろんなしがらみから解放され、これから生活を取り戻せるとの実感があった。

その矢先に、犯人の魔の手が伸びてきて、人生を終えなければならなかった。そういう境遇を読んでいて、無念だっただろうなと思うと、身につまされてしまった」

二人を殺した犯人もまた女性だった。B被告(犯行時、39歳)は、家業の工務店の経営が行き詰まり、金策に走り回るなか犯行に及んでいた。

最初の殺人は、知人女性に睡眠導入剤を混入した缶コーヒーを飲ませて絞殺。バッグの中から9500円を奪うというものだった。

その10ヵ月後、今度はゴルフ仲間の薬剤師に借金を申し入れ、断られたことに激高。絞殺してキャッシュカードを奪い、200万円を引き出していたのである。

法廷で、事実関係が争われることはなく、犯行時の心神耗弱状態が主な争点となった。責任能力の減退を理由に、刑の減軽を求めるというものだった。

 

裁判官の「背負うべき宿命」

「はっきり言って」と、強い口調で小松は語った。

「同じ、お金目当ての絞殺であっても、これは許さないという事件とは、ちょっと違っていた。犯人にも同情すべき事情がありましたから。

責任能力のあることは、検察申し立ての鑑定で容易に認定できた。あとは量刑をどうするか。これを詰めるのに、ものすごく苦労した。

最初から結論ありきではなく、論点を整理し、それに関する資料を収集し、証拠を読み込み、合議に合議を重ね、延々と議論したものです」

合議では、過去の死刑事案と、死刑を求刑されながら無期懲役になった事案とを洗い出し、どういう事情をどの程度重く見たのか。あるいは、見なかったのかを子細に検討し、他の事情などとも照らし合わせ、結論を導いた。

「僕は、個人的には死刑制度に反対なんです。だけど、裁判官になる時に、憲法違反でないかぎり法令に従うと約束しているわけだから。

担当した事件が、死刑以外にないと判断した以上、言い渡すしかない。嫌な役目だけど、これも裁判官が背負うべき宿命なんです」

B被告は、小松の勧めにしたがい控訴、上告するが、高裁、最高裁とも死刑判決を支持。確定死刑囚として、現在、再審請求中にある。

小さなため息とともに、小松は呟いた。

「あのあと同じ裁判所の裁判官から、ずいぶん批判された。裁判官は感情を表に出したらいかん、と。だけど能面のような裁判官ではなく、悲しみのわかる言動をしたっていいじゃないかと思ったものです。

ただ僕は、泣いたわけじゃない。声が裏返ったのは認めるけど、朗読のあと疲労困憊していて、汗でメガネがずれたのを指で押さえただけのことです」

小松は、その後、2件の死刑判決を言い渡している。そして定年まで4年を残し、熊本家裁所長を最後に退官した。

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