「失礼ですが妊娠してますか」医者が患者にこれを聞く時の複雑な心境

覆面ドクターのないしょ話 第3回
佐々木 次郎 プロフィール
妊娠となれば次にくるのは出産。人の命にかかわるのが医療であるが、その命が生まれる場面にかかわるのが産婦人科である。生命誕生の現場には、他の診療科にはない、さまざまな悲喜劇が繰り広げられるようだ。

「ギネ」ーー産婦人科のことをいう医療業界用語

私はネギが嫌いだ。焼き鳥屋でもネギマは絶対に頼まないし、冷奴の上にネギなんてとんでもない……。いや、ネギとギネはまったく関係がありません。ごめんなさい。

ギネとは、医学の世界では、「産婦人科」を指す。

英語で「obstetrics 〈オブステトゥリクス〉& gynecology〈ガイナコロジー〉(産科と婦人科)」と書く。長くて大変発音しにくい言葉なので、アメリカなどでは二つの単語の最初の2~3文字を取って、「OB/GYN(オービージーワイン)」と呼ぶが、日本では後ろ単語〈gynecology〉の頭の4文字〈gyne〉をローマ字読みして「ギネ」と呼んでいる。かつて同名のドラマ(藤原紀香主演)があったが、産婦人科医を扱ったドラマだった。

産婦人科を志す医学生は年々減少し続けている。

これには色々な原因がある。少子化の影響もあるだろう。だが、最も大きな原因は産婦人科が激務だからである。3Kを嫌がる若者が多いのと同じで、激務である産婦人科もまた敬遠されるのだ。

婦人科はともかく、産科は夜中赤ちゃんが生まれることもある。女性の産婦人科医というのは女性患者にとって大変ありがたいと思うが、あの女医さんたちは相当な体力の持ち主だと思って差し支えない。

産婦人科は少子化と共に衰退しているが、それでも一定の権威を保ち続けている。泌尿器科がある意味「男性科」であるのに対して、産婦人科は「女性科」だ。この二つの科は同等の扱いを受けても良さそうだが、そこには隠然とした権威の差がある。

たとえば、医師国家試験では産婦人科は基幹科目としてメジャーな扱いを受けているが、泌尿器科はそうではない。また、iPS細胞でも人工授精でも必ず産婦人科の学会が発言力を持っている。

やはり産婦人科に「産科」という「生命の誕生」に関わる診療科があるだけに、その権威は歴然としている。

 

堅い話を続けたが、実はそんなことを言いたくて話をしていたのではない。ギネとは「女性科」であるけれども、子どもが生まれるのだから、必ず男と女が関わっている。そこには様々な男女のストーリーが存在するのだ。生命の誕生そのものは感動物語だけれども、そこには往々にして男と女の悲喜劇が点在している。

子どもが生まれれば、その日から授乳や夜泣き、おむつ交換などママは休まる暇がない。生まれた瞬間の感動はどこへやらということなる。

子どもが生まれ、母子ともに退院すると一ヵ月健診がある。

外来で見るママの姿は疲れてボロボロになっていることが多い。化粧っ気もなく、ジーンズにTシャツで、髪もまとまらず、見るからに疲れている。

ところが中にはバッチリ化粧を決めて、艶(あで)やかな服装を身にまとって外来を受診するママもいる。

「へぇ~、珍しく綺麗なママだなぁ」と感心して見ていると、そういう綺麗なママの隣には、たいていボロボロになった旦那がいる。

「色々ありそうだな」

ふとそう思うのである。

臨月期に旦那が失踪。さて、妻はどうしたでしょう?

ある若い女性がいた。

彼氏との間に新しい命を授かった。そして今月は臨月。これからわが子が生まれる。その矢先、旦那がリストラに遭った。そして、その旦那はある日突然失踪した。幸せをかみしめていた若い女性が、お腹の子どもを抱え、路頭に迷った。スタッフたちも親身に相談に乗ってあげていた。そんな不安を抱えながら迎えた出産。赤ちゃんは無事に生まれ、退院後彼女は実家に身を寄せることになった。

そして1ヵ月健診。外来のスタッフが尋ねた。

「どう、体調は?」
「何とかなってます」
「ご飯食べて、栄養つけなきゃ」
「大丈夫です」
「旦那さん、見つかったんですか?」
「ええ……」

この1ヵ月の間、彼女に何があったのか? 彼女は乳飲み子を胸に抱きながら、悩んだであろう、困り果てたであろう。この生まれた子どもを何としてでも育てあげなくては! そう決心したのだろうか? 

我々が見たのはたくましく成長した母の姿だった!

いきなりべらんめぇ調になって彼女はこう言った。

「旦那っすかぁ? あっさり見つかりました。捜索願い出して。アタシもう決めたんです。給料さえ入れてくれたら、旦那いなくてもいいやって。でも、この不安定な世の中ですからね、安定した職に就いてくれなきゃ、おちおち安心して寝てもいられませんよ。旦那は幸い体だけは丈夫なんです。メンタル弱いのが暴露されちゃいましたけど……。だからぁ、旦那を自衛隊にブチ込んでやりました!

photo by istock

スタッフも驚いた。

「じ、じえいたい?」
「思い切ったことしたわね!」
「そりゃ、給料安心だわ」

母は強い、いや母は強くなるのだなぁ。