1988年ソウルと2018年平昌の「温度差」はどこからくるのか

北への低姿勢に「平壌五輪」と揶揄され
崔 碩栄 プロフィール

結果、88年ソウルオリンピックは大成功を収めた。韓国という国が世界中に認知されたことはもちろん、当時の韓国で流行していたスローガン「86は踏み台、88は跳躍台」という言葉の通り、韓国経済は88年のオリンピックを契機に、一気に躍進したのである。同時に、韓国人の心に、大きな勇気と自信をもたらしたのだ。

韓国一人当たり国民総所得(GNI)の推移(単位:USドル)
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88年のソウルオリンピックの誘致、そして準備過程は鉄拳統治といわれた全斗煥政権の下に行われ、開催は全斗煥の盟友であり、同様に軍人出身の盧泰愚政権下でなされた。誘致から開催まで官主導で行われたことは事実だが、ほとんどの国民がこれにたいして不満を抱くことはなかった。

なぜならば、国民もまた、政府と同じ夢を見ていたからだ。つまり、世界的に見て無名に近い韓国を世界に認知してもらいたい、発展途上国ではない、先進国の一つとして認められたい、という強い願いがそこにあったのだ。

2018年の平昌 – 韓国を覆う冷めきった空気

88年のソウルオリンピックから30年。あまりにも大きな変化があった。

海外で韓国の自動車や電気製品を見かけただけでも、誇らしく思い感激していた30年前の韓国人の姿はもうどこにもない。ヨーロッパのプロサッカーリーグや米国のメジャーリーグを見ていても、韓国ブランドのロゴが入ったユニフォーム、韓国企業の名前が入った広告掲示板を目にしないことの方が珍しい時代になったのだ。

経済だけではない。映画、音楽、ドラマなど、多くの韓国コンテンツがアジアのみならず世界に進出し、ヨーロッパや南アメリカでも一つの流行となっている。

このような国家の認知度の上昇は「自負」を越えて「自慢」のレベルに到達している。韓国人は世界に対し88年以前に抱いていた「コンプレックス」から完全に脱却し、今や「自信」をもって世界を渡り歩いているのだ。

この満ち足りた自信感のためだろうか、あるいは平昌のあまりにも寒い気候のためだろうか、今回の平昌オリンピックでは、88年には確かにあった熱気を全く感じることが出来ない。熱気どころか、自国開催という事実すら忘れているのではないかとさえ思えてくるほど冷え切った空気が漂っているのだ。

 

もちろん、理由は一つではない。まず、冬季オリンピックは夏季オリンピックに比べ参加国がはるかに少ない(夏季200余ヵ国、冬季90余ヵ国)。それに、韓国人にとって見慣れない種目ばかりであるということが何よりも大きな理由かもしれない。

韓国がこれまでにいくつものメダルを獲得してきたショートトラックや、韓国を代表するスーパースター、キム・ヨナが活躍したフィギュアスケート以外には、韓国で一般的に知られていて人々の関心を引くような競技は皆無といっても過言ではない。しかも、キム・ヨナが引退した今、集客と視聴率を期待できるスター選手が不在であるという事実は大きい。

キム・ヨナ photo by gettyimages

そして、平昌の気候、地理的な位置が挙げられる。日本でもすでに何度も紹介されている通り、平昌は韓国の中でも相当に寒い地域だ。零下10度を下回る日も少なくなく、特に室外で行われるスキーやスノーボードなどの各種目への集客は簡単ではないだろう。

さらに交通であるが、平昌は高速列車KTXでソウルから1時間半ほどの距離にある。だが、KTXでの所要時間はバスに比べても30分程度の違いしかない。ソウル―平昌間で無料シャトルバスを運行することが発表されたことなどから、少なくとも国内の観客が平昌に向かう際にはバスや自家用車に集中することが予測される。

万が一、雪でも降って高速道路の運行に支障でも生じれば、迂回道路のほとんどない平昌への道のりは、間違いなく大混乱に陥ることだろう。