名護市長選「与党勝利」で沖縄の記者がいま最も懸念すること

秋の県知事選の行方も気になるけれど…
新垣 毅

なぜ本土に基地は増やせないのか

果たして沖縄に基地が集中している責任は誰にあるのか。この問いが重要である。少なくとも沖縄側にその責任はない。結論から言えば、沖縄の問題=「沖縄問題」ではない。

一義的には米軍施設だから米国と思う人は多いかもしれない。しかし、米側は、例えば普天間基地の移設問題はあくまで日本政府国内の問題として、沖縄の民意に対しては日本政府が対応すべきものとする姿勢を示してきた。

では一方の日本政府はどうか。これまで軍事戦略上の「抑止力」や「地理的優位性」などを、沖縄でなければならない理由として挙げてきた。

しかし、沖縄の米軍基地の大半は海兵隊である。北朝鮮のミサイル実験に関心が集まっているように、ミサイル戦争の時代である。人の肉弾戦を主とした海兵隊が沖縄のような狭い場所一カ所にここまで集中するのは軍事戦略上、本当に得策なのか。ミサイル1、2発で壊滅状態を招くため、分散させた方がよいとの考えさえ、米国の軍事専門家にはある。

詳しい議論は他の著書(例えば、柳澤協二他著『虚像の抑止力』旬報社、松竹伸幸著『幻想の抑止力―沖縄に海兵隊はいらない』かもがわ出版など)に譲るが、日本政府が説明する軍事戦略上の「理由」には、疑問が尽きない。

一方、政府関係者はこんな説明もしてきた。

「軍事的には沖縄でなくてもよいが、政治的に考えると沖縄が最適地だ。許容できるところが沖縄にしかない」(2012年、当時の森本敏防衛相)

「分散しようと思えば九州でも分散できるが(県外の)抵抗が大きくてなかなかできない」(2014年、中谷元・元防衛相)

つまり、沖縄の米軍基地駐留の根拠は軍事上ではなく政治的な理由であるというのだ。

 

極めつけは去った2日の衆院予算委員会における安倍首相の発言である。

「日米間の調整が難航したり、移設先となる本土の理解が得られないなど、さまざまな事情で目に見える成果が出なかったのが事実だ」

首相が米軍普天間飛行場など在沖基地の県内移設の理由に「本土の理解が得られない」ことを挙げたのは初めてだった。政府による沖縄の基地負担軽減策のほとんどが沖縄県内への移設を伴う。防衛省などはこれまで県内移設は沖縄の地理的位置など軍事上の理由としてきたが、安倍首相は本土の抵抗による受け入れ困難を挙げた。

これは「日本人の問題」である

安倍首相の説明を基に考えれば、基地反対運動をしてきた人々にも、沖縄の基地集中の責任があることになる。この責任に気付いて新たな運動を起こしている人たちがいる。本土への沖縄の基地引き取り運動だ。

彼らは日米安保あるいは「日米同盟」を大多数の日本国民が支持するのであれば、そのリスクも国民は背負うべきだと主張する。約7割の米軍専用施設を沖縄に押し付け、リスクを負わせるのは不公平だという沖縄の主張に向き合うべきだという。

世論調査で日米安保に約8割の国民が賛成しているにもかかわらず、基地のリスクを沖縄に押し付けているのは本土の人々であり、これは「沖縄問題」ではなく、本土の日本国民の問題であると強調する。すなわち、沖縄の基地集中の責任は本土の日本国民、すなわち「やまとんちゅ」(大和人)にあると。

本土の大多数の国民こそが、沖縄に基地を押し付けている当事者であることに気付かなければならない。「沖縄問題」ではなく、「本土の日本国民の問題」なのである。