ゼロからわかるシリア情勢と米露「新冷戦」の危うい現在

アメリカがはまった袋小路
笠原 敏彦 プロフィール

トルコの堪忍袋の緒が切れた!

トルコは1月20日、YPG支配下のシリア北西部アフリンへの空爆と地上部隊による侵攻に踏み切った。

その直前、アメリカはIS復活阻止を名目にYPGを中心に3万人規模の新たな「国境警備部隊」を結成することを表明していた。トルコの軍事作戦は、この動きに堪忍袋の緒が切れたものだろう。

YPGの政治母体「民主統一党」(PYD)はユーフラテス川以東のシリア北東部を実効支配し、すでに自治を施行。この地域には、アメリカ軍が数ヵ所の基地を設け、米兵約2000人を駐留させている

アフリンはYPG支配地域の飛び地である。

トルコのエルドアン首相はすでに「クルド人自治」区域への攻撃拡大を宣言。トルコ軍とアメリカ軍の衝突が懸念される事態に発展したのである。

同盟国同士の武力衝突が危惧される事態とは、まさに錯綜した地政学的カオスそのものではないだろうか。

ちなみに、両国は、アメリカがトルコ南部インジルリク空軍基地に核兵器まで配備する同盟関係を維持してきた。

トランプ大統領とエルドアン首相は1月24日に電話会談を行ったが、経緯が経緯だけに、トランプ大統領も強い姿勢には出られないようだ。

ホワイトハウスの発表によると、トランプ大統領はトルコの「正当な懸念」を認めた上で、軍事行動の「縮小」と「両国軍の衝突のリスクを回避するよう」求めるに止まったという。

トランプ大統領の低姿勢の背景には、中東地域のパワーバランスでキャスティングボードを握るトルコが近年、ロシア寄りの姿勢を強めていることが見逃せない。

 

イラク戦争の後始末

一般教書演説でIS掃討を誇ったトランプ大統領だが、現地の情勢を見ると、かくも危なっかしい綱渡りが続いているのである。

そして、この実情は二つのことを示しているように思える。

まずは、シェール革命で世界最大級の産油国となったアメリカにとって中東の重要性が低下していることである。

これは、イスラエルの首都としてエルサレムを認定するという冒険主義的政策を可能としている背景でもあろう。

二つ目は、アメリカの中東政策がイラク戦争の「大失敗」の後始末に追われ、平和と安定を模索するようなイニシアチブを示せないというということだ。

ISはイラク戦争の混乱から生まれた過激組織であり、IS掃討もイラク戦争の後始末なのである。

トランプ政権の中東政策で明確なのは、IS掃討を除けば、イラン敵視政策ぐらいである。今後もシリアに関与しようとする理由も、実はこの目的のためである。

だから、トランプ大統領の一般教書演説では、IS掃討とイラン敵視政策には触れても、シリア和平については一切語らなかったのである。

さりげない政策転換

この流れの中で、ティラーソン米国務長官は1月17日に演説を行い、さりげなくシリア問題での政策転換を発表していた。

「シリアに関しアメリカが今後進む道」と題した演説のポイントは、シリアへの米軍派遣(現在約2000人)について期限を設けずに継続するというものだ。

アメリカは従来、IS掃討作戦が終われば米軍を撤退させる方針を示していただけに大幅な軌道修正である。

ティラーソン米国務長官ティラーソン米国務長官〔PHOTO〕gettyimages

その理由として、ティラーソン長官はIS復活阻止とともにイラン対策を挙げ、次のように述べている。

「アメリカがシリアから撤退すれば、イランがシリアでの影響力を一層強めるだろう。イランは中東の支配を目指し、我々の同盟国であるイスラエルを破壊しようとしている」

イランが同国からレバノン、地中海に至る支配圏「シーア派の三日月の弧」の構築を狙っていることへの対決姿勢を示したものだ。