そもそも「大麻」とは何か?日本がいま考えるべき「マジメな使い方」

世界における乱用の実態と規制の現状
原田 隆之 プロフィール

大麻取締法の陥穽

2016年に注目すべき裁判があった。ある末期がん患者の男性が、大麻に効果があることを知り、治療のために大麻を所持したということで、大麻取締法で逮捕されたという事件の裁判である。

被告はこれ以前に、「大麻を医療目的で使用するにはどうすればよいか」と法務省や厚労省に相談したことがあったが、「日本では禁止されている」と木で鼻をくくったような返答だったという。

裁判所は、末期がんである被告に出廷を命じ、何度も裁判に引きずり出した。裁判の中で被告は、大麻によって症状が劇的に改善されたと述べ、大麻の使用は憲法が保障する「生存権の行使」であると主張した。しかし、彼は判決を待たずに死亡してしまった。

確かに、彼が行ったのは違法行為だったかもしれない。しかし、高木沙耶の行動が不真面目ならば、国のこの態度は馬鹿真面目もいいところである。「悪法もまた法なり」ということなのだろうか。

自分や自分の家族が、末期がんに侵され、モルヒネでも取れない壮絶な痛みに苦しんでいるとき、そこに救える方法があるのなら、禁じられた薬でも手に入れたいというのは人間として当たり前の心情だろう。

それによって誰かに迷惑をかけるわけでもない。しかし、この国は時代遅れの悪法を盾にして、それを絶対に許さない。

 

患者の権利と人間の尊厳

今回大麻で捕まった人々も、かつて捕まった人たちも、その動機はさまざまである。

単なる好奇心という人もいれば、歯が痛かったという人もいる。その幻覚作用に頼って、音楽や芸術のインスピレーションを得たかったという人もいる。

しかし、歯が痛いのならば、鎮痛剤を飲むか歯医者に行けばいいのだし、大麻を用いなければ芸術的インスピレーションが得られないのならば、単に才能がないということだ。

こうした「遊び目的」の使用と、「医療目的」の使用とを厳密に区別したうえで、国は時代遅れの「大麻取締法」の改正を真剣に考えるべきときが来ていると思う。

遊び目的も含めて大麻を合法化しているのは世界で2ヵ国のみと紹介したが、確実なエビデンスが積み上げられているのと呼応して、医療目的での大麻の使用を認める国は、ヨーロッパを中心に増加している。

例えば、ヨーロッパでサティベックスが認可されている国は、17ヵ国に上る。アメリカでも「遊び目的」での合法化に至ったのは4州のみであるのに対し、「医療目的」の使用が認められているのは24州に及ぶ。

医療を受ける患者の権利を規定した『リスボン宣言』では、「良質の医療を受ける権利」「選択の自由の権利」「自己決定の権利」「情報に関する権利」などを規定している。

そして、何よりも私が強調したいのは、「尊厳に対する権利」である。そこでは、以下のように規定されている。

・患者は、最新の医学知識に基づき苦痛を緩和される権利を有する
・患者は、人間的な終末期ケアを受ける権利を有し、またできる限り尊厳を保ち、かつ安楽に死を迎えるためのあらゆる可能な助力を与えられる権利を有する

日本では、がんで死亡する人が年間36万人を超え、3人に1人ががんで亡くなる時代である。いくら治療法が進歩したとはいえ、がんは今なお多くの命を奪い続けている。

病気の根絶や不老不死が、叶わない願いであることは誰もがわかっている。しかし、せめて人間らしく、尊厳をもって死にたいという願いもまた、贅沢で非現実的な願いなのだろうか。

日本人が古の時代から神に捧げてきた不思議な力を持つ植物が、その願いを叶える力を備えているというのなら、それはまさに神からの授かりものなのではないだろうか。