中国の「地方」を歩き回る70歳が気づいた、日中の決定的な落差

「食」「トイレ」「鉄道」でわかる
青山 潤三 プロフィール

でも、高齢者には優しい

ですが、中国の鉄道には、気に入っている点もいくつかあります。まず、駅の大小にかかわらず(どんなに小さな地方の駅でも)、列車が通過する際、必ず駅員は直立不動でプラットホームに立って、列車を見送ること。ひょっとすると共産党の規則なのかもしれませんが、中国でしか見られない素敵な光景だと思います。

列車を見送る駅員(広西壮族自治区の某駅)

もうひとつは、高齢者に優しいこと。例えば深圳の地下鉄は、60歳以上の乗客は身分証明書があれば無料で利用することができます。香港の場合は、券売機に高齢者割引のボタンがあり、60歳以上の乗客はこれで切符を買えば半額になります。もちろん自主申告制なので、その気になれば何歳だろうと半額切符を買えるのですが、みんな自主的に守っているようです。

これって、けっこうすごいことではないでしょうか。よく「物を置き忘れても日本ならちゃんと持ち主に戻ってくる、そんな国は日本だけだ」と多くの外国人が驚いている、なんて言われますが、上記の例から考えても、案外それは日本人だけの思い込みなのかもしれません。

一方で日本人には、なんとなく「中国人は街角で人の不幸に遭遇しても、見て見ぬふりをして通り過ぎる」というイメージを持っている人が多いようです。確かに一般論としては、そうなのかもしれません。しかし、この「思いやり」ということに関しては、ひょっとすると中国人のほうが日本人よりマシなのではないか、と感じることも少なくありません。

以下は筆者の主観ですが、例えば地下鉄の話で言えば、中国の若者は筆者のような高齢者に席をすぐ譲ってくれます。日本では(筆者より高齢の人も多いからかもしれませんが)、あまり譲ってもらった記憶がありません。

日本の若者があまり席を譲らない理由は、「相手に断られて、かえって嫌な思いをしたくない」のが理由だと聞いたことがあります。他人に親切にするときにさえ失敗を恐れるなんて、いかにも日本人の本領発揮という気がします。

 

お互いに「迷惑」を気にしない国民性

筆者の経験上、中国人はお人好しでおせっかいで、とりあえずはものすごく親切にしてくれる人が大半です。トラブルに遭遇したり、交通手段や宿泊場所がなかったりして困り果てていても、必ず見知らぬ人が世話を焼いて助けてくれます。

ただそのかわり、トラブルの中身が複雑で、解決の糸口がなかなか見えてこないような場合は、さっさといなくなってしまいます。つまり深入りはしたがらないのですが、「一定の水準までは」過剰なほどに親切なのです。

日本人の場合は、困っている人がいたとして、はじめから関わり合いになろうとしない人のほうが多数派でしょう。極端なことを言えば、路上に人が倒れていても、即座に駆け寄って介抱するという人はそうそういません。

確かに、何か事情がありそうな人と関わり合いになると、自分もトラブルに巻き込まれる可能性があります。日本人は「人に迷惑をかけてはいけない」と教えられて育つので、その裏返しとして「自分も迷惑をかけられたくない」という意識が非常に強くなるのではないでしょうか。

中国人には「他人に迷惑がかかろうがお構いなし」という面が確かにある一方、「その代わり、自分が少々の迷惑を被っても気にしない」という一面もまたあります。

悪くいえば「デリカシーに欠ける」ということなのかもしれませんが、本来「親切」とは、そうした一種の思い切りがなければ、できないことのようにも思われます。

                              (この項つづく)