名護市長選で菅官房長官が仕掛けた「なりふり構わぬ選挙戦術」

「逆転劇」の舞台裏
野中 大樹

翁長県政の危機

稲嶺打倒のための策を積み木のように積み上げていた菅氏が「あの時は大変だった」と語っているのが、1月25日の衆議院本会議で飛び出した「それで何人死んだんだ」という松本文明内閣府副大臣のヤジだ。沖縄県で続発する在日米軍機の事故やトラブルを巡る問題を議論していた際に飛んだこのヤジは、県民感情を大いに逆なでした。

約1週間後に行われる名護市長選挙への悪影響を察知した菅氏はすぐさま安倍首相とともに院内大臣室へ移動し、「もうだめです」と松本更迭の必要性を進言。安倍首相が「すぐにそうしてくれ」と答えると、松本氏本人に辞任を迫った。

松本氏は翌26日に辞任を表明したが、表明があと半日でも遅れていたら、野党から辞任要求が上がったかもしれない。あるいは市民団体が抗議声明を出し、マスコミが大きく扱ったかもしれない。そうなる前に、菅氏は電光石火のごとく“処理”を施し、野党や市民に辞任要求すらさせなかった。

副大臣の更迭を進言するなど、異例中のこと。菅氏はなぜそれほどまでして名護市長選挙にこだわったのか。市長選が終盤にさしかかった頃、「もし渡具知が勝てば、沖縄はどうなるでしょうか」と周囲に問われた菅氏は、こう言い切ったという。

「翁長の存在意義がなくなるんだ」

 

翁長知事が「辺野古反対が県民の意思」と言い切れるのは、名護市の市長が稲嶺氏だからであって、名護が「新基地建設容認派」の手に落ちれば、翁長県政の土台である「オール沖縄」が崩壊する――そんな見立てが菅氏の内にはあったのかもしれない。

その見立てが完全に間違っているとは言えないし、菅氏にかかれば翁長県政を切り崩すのはそう難しいことではないのかもしれない。

しかし、どうもひっかかる。今回の名護市長選挙について筆者が取材を進める中で、政権を動かす安倍首相や菅官房長官に「応援に来てほしい」という声は、地元の自民党関係者からさえ皆目上がらなかった。むしろ「票が減るから総理や官房長官には来ないでほしい」(渡具知選対幹部)という声さえ聞かれたほどである。その「空気」が分かっているからこそ、年が明けて投開票日が近づいても2人は現地に近づかなかったのではないか。

11月には沖縄県知事選が控える。重要な名護市長選で自民党系の候補が勝利を収めたとはいえ、安倍官邸と県民の間にある溝、精神的な距離感が埋まったとは思えない。

(野中大樹・週刊現代記者)