日本人の「テレビ離れ」はいつはじまったのか?データが明かす真実

ターニングポイントは「1993年」
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バブル景気で低下

また、'79年に着脱できるリモコン付きテレビが登場。'80年代にこれが普及するにしたがって、視聴率争いは激化した。

「視聴者が簡単にザッピング(チャンネルを頻繁に切り替えること)できるようになり、テレビを番組途中から見るケースも増えてきた。それにともない、バラエティ番組の数が増えていきます。

なぜなら番組内にいくつも違う企画を入れることができ、途中から見ても楽しめるからです。また、情報番組でも内容がよく分かるようにテロップが多く入るようになりました。短時間に次々と刺激が得られる番組が求められていったんです」(前出・鈴木氏)

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バラエティ番組の歴代視聴率トップは『8時だョ!全員集合』(TBS)の'81年2月21日放送で47.6%。クイズ番組では、『クイズ面白ゼミナール』(NHK)が、'82年9月12日に42.2%を記録している。

'65年から'85年までの20年間で全日帯のHUTは約8%も上昇している。前出の鈴木氏が言う。

「これを支えたのが深夜番組『PM』(日テレ)です。最初は2%台からのスタートでしたが、'78年には瞬間最高視聴率で48%を獲得しています。アダルトな内容を見たい男性視聴者が遅くまで起きているようになった。

この時期は日本人のライフスタイルが変化し、朝と深夜の番組が伸びて全日帯のHUTを押し上げていったんです」

 

一方、'80年代から、ゴールデン帯のHUTが下がっていく。これはバブル景気が影響している。それまで夜はテレビを見ていた層が外出するようになり、在宅率が下がったことが要因である。

'93年には、日本中が沸いた皇太子と雅子妃の結婚の儀が行われ、関連番組が注目を集めたこともあり、ゴールデン帯と全日帯のHUTは回復。また、フジテレビの看板、月9ドラマは『ひとつ屋根の下』が歴代最高の37.8%を叩き出した。

だが、これがピークであり、ゴールデン帯はもちろん全日帯もついにこの年以降、ゆるやかに下落することになる。

原因の一つは女性の社会進出、共働き家庭の増加。核家族化も進み、昼間にテレビを見る世帯が少なくなったのだ。

そしてもう一つの理由は、娯楽の多様化が'90年代半ばから進んできたことだ。まずレンタルビデオが一般化し、自宅でビデオソフトを楽しむ層が増えたこと。

これは「TSUTAYA」が店舗を増やし、'90年代後半にDVDソフトが発売されることで加速していく。また、家庭用ゲーム機やカラオケボックスもこの時期に急激に普及する。