日本人の「死に方」はなぜこんなにも窮屈なのか

安楽死を巡る個人的な見解
現代ビジネス

「姥捨て山」的価値観とのギャップ

舛添 あともう一つ、終末期医療制度の議論が進まないのは、日本ならではの問題もあると思うんです。日本人の場合、死ぬ時期をどう選ぶかは、家族の影響が強い。いまは一人っ子も多いけど、我々の世代は5人とか10人とかの家族がざらにいます。残された子供たち、兄弟たちの間で遺産相続とか、そういうことが大きな問題になってくるんですよ。

だから生きているほうの家族――子供や孫たちが、自分の親ないしじいちゃん、ばあちゃんたちをどのポイントで死なせることが遺産相続で有利になるかといった、打算が渦巻いています。介護した人と介護しなかった兄弟、平等に相続されてよいのか、といったことです。日本人は、自分の意思だけでは死ぬこともできない。家族の重みや家族内の葛藤がかかわってきます。

舛添要一氏

宮下 それは取材していて、強く感じました。日本で安楽死を希望する人に話をきくと、家族に迷惑をかけたくないから死にたい、と答えるんです。家族に介護してもらうのが申し訳ない、と言う。海外では、自分が死にたいかどうか、だけが問われるんです。これは「死の自己決定権」と言われます。

海外では、こうした考えのもと、安楽死の法制化が議論されてきましたが、日本の場合は、まったく違う。家族からの「そろそろ患者に逝ってほしい」という空気を、患者本人が察して、安楽死を願い出るケースもありえます。

 

舛添 家族の意向を忖度して、死を受け入れる。これは『楢山節考』(深沢七郎著)が描いた「姥捨て山」の世界です。おそらく、日本では、人減らしの「村の掟」が機能していた時代があったんでしょう。

『楢山節考』的な掟は、もちろん今はない。現代の日本の医療設計は、どうしたら命を長らえさせるか、です。平均寿命は、女性の場合90歳に近づいてきている。日本の男でも80歳まで生きるわけですよ。

そうすると極端に言ったら、60歳で定年退職したら20年~30年、あんた何して生きていくのという話になってきます。医療システムを死から振り返ったときに、医療費高騰も含め日本の社会システムが持たなくなっています。

でも、日本では、最後のゴールである死がほとんど議論されてこなかった。いかに医療を使って長生きさせるか。それは非常にいいことなんだけども、『楢山節考』の時代から、完全に180度発想が転換されてしまったから、そこに制度がまったく追いついていないんです。安楽死をすぐ取り入れるとかではなく、死を巡って国民的な議論することが求められると思う。

宮下 2年間、安楽死を取材して最終的に思ったことなんですけど、死には結論がないんですよね。だから国に強制されるとか、誰かに影響されるとかではなく、自分で死を考えていくことが大事ではないでしょうか。だからこそ、家族や最愛の人と、自分の「死に方」について対話しておくことが、今の日本には必要かなと思っています。

宮下洋一/1976年、長野県生まれ。18歳で単身アメリカに渡り、ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。その後、スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。6言語を操る。主な著書に、小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞した『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』。最新刊に『安楽死を遂げるまで』。

舛添要一/1948年福岡県北九州市生まれ。1971年東京大学法学部政治学科卒業。東京大学法学部助手、パリ大学現代国際関係史研究所客員研究員、ジュネーブ高等国際政治研究所客員研究員、東京大学教養学部政治学助教授などを経て、1989年舛添政治経済研究所を設立。2001年参議院議員(自民党)に初当選し、厚生労働大臣(安倍内閣、福田内閣、麻生内閣)等を歴任。2014年2月、都知事就任。2016年6月、辞任。近著に『都知事失格』。