スポンサーゼロでも、負けてばかりでも…カーリング男子が見続けた夢

観客席の少年が五輪の舞台に
竹田 聡一郎 プロフィール

結果が出なくても支援してくれた人々が財産

また、SC軽井沢クラブは国内初優勝の07年から10年以上、メンバーを入れ替えていない。シーズンごとに移籍が活発に行われるこのスポーツでは、ある意味でかなり異色のチームであり、今回の平昌五輪に出場する10カ国で、最も長く同じメンバーでプレーし続けているチームでもある。

メンバーを変えず、信条を曲げずにトライし続け、初出場だった09年の世界選手権は10位、2度目の13年は11位と世界の壁にぶつかりながら、3度目の14年大会では5位までジャンプアップ。翌15年大会では6位、16年大会は4位と日本男子カーリングの世界大会最高位まで駆け上がった。世界中位のポジションは確保したと言っても差し支えないだろう。

前列左から両角友佑、清水徹郎、山口剛史、両角公佑、後列左からフィフスの平田洸介、コーチの長岡はと美

「やっぱりここ数年です、変わってきたのは。結果が全てなんだなと思い知ります」

そう実感したと言うのはセカンドの山口剛史だ。

まずは、メディアが集まった。

前述の女子だけが注目されていた時期は、国内最大タイトルである日本選手権の決勝ですら、ほとんどの記者はスルーしていた。今では笑い話だが、女子の会見場に急いで向かう記者に「どいて!」と怒鳴られたこともあるという。

 

今はテレビ、新聞、雑誌。多くの記者が彼らを囲んで試合結果から家族構成、趣味や好きな食べ物まで根掘り葉堀り質問をする。検索エンジンで「カーリング男子」と入力すれば様々な情報が乱れ飛ぶ。

続いてスポンサーがついた。

メインにはCITIZENという世界的企業、さらにエステーや大東建託といった国内トップメーカーが続く。

今秋のカナダ遠征では高級ステーキハウスチェーン「Keg」での食事を楽しんだと教えてくれたのはサードの清水徹郎だ。

「貧乏な頃は憧れだったけど、最近、やっと食べられるようになりました。最高に美味しかった。ありがたいですね。ますます頑張ります」

しかし、多くのことが改善されてきたカーリング界だが、「それでも」と両角は言う。

「あくまで僕は、ですけど。勝てなかった時代イコール苦しかった時代では決してないんですよ。メディアの方々は負けている時期を苦労話にしたがるけれど、当時もけっこう恵まれていた気がします。だってカーリング、ずっと続けてこられたんですから。それが一番、ありがたい。『頑張れよ』と声をかけてくれた人も遠征代をカンパしてくれた人もいる。苦労したことよりそういう人たちがいてくれたことが財産ですね」

先日、JCA(日本カーリング協会)主催で平昌五輪への記者会見が行われた。カナダ遠征から帰国して参加予定だった女子のLS北見は雪の影響で大幅に遅れ、まずは男子のみが80人を超えるメディアに囲まれた。その中心にいたのは20年前、ルールも知らない少年だった両角友佑だ。

カーリングやってみたい。あの熱気の中に立ってみたい。世界と互角に戦いたい。カーリングをメジャーにしていきたい。20年間、彼らの夢は少しづつ、輪郭がはっきりしてきた。そしてそれは最大の舞台、五輪を経てまた変わるのだろうか。男子カーリングの未来は彼らに委ねられている。