作家・橘玲「ドフトエフスキーから始まった僕の読書人生」

わが人生最高の10冊

停学中に寝ないで読破

進学先に早稲田の文学部ロシア文学科を選んだのは、高校2年の時にドストエフスキーを読んだからです。

当時、不良のたまり場の喫茶店に出入りして1週間の停学になり、自宅謹慎していたんです。そのとき、暇だったので家にあったロシア文学全集の『罪と罰』を読み始めました。ハマりましたね。『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』など長編すべてを寝ないで読破して、ほとんど洗脳状態です。

ドストエフスキーの肖像画(Photo by gettyimages)

翻訳で読んでこんなに感動するんだから、原語ならもっとすごいに違いないと思って調べたら、露文科があるのは東大や早稲田など4大学。私立文系だった自分が選べたのが早稲田でした。

ドストエフスキーのすごいところは、書きながら登場人物それぞれに憑依していること。普通、小説はたいてい一人称か、そうではない場合は作者が神の視点に立ち、人形を操るように登場人物を動かします。

でもドストエフスキーはすべての登場人物に人格を与え、互いに対峙して語り合い、時に罵り合って独特の世界を作っていく。文学理論でポリフォニーといいますが、こんな多重人格的な作品を書ける作家はほかにいません。人を虜にする魔術的な魅力があります。

もうひとつ、高校時代に読んで印象的だったのが、三島由紀夫の『仮面の告白』。自分の内面を冷静に見据え、感情を排し、どこまでも明晰に語る姿勢に強い衝撃を受けました。

三島由紀夫(Photo by gettyimages)

大学に入学すると、露文には僕と同じようにドストエフスキーに洗脳されて入ってきた学生がクラスに半分くらいいました(笑)。

「単位が取りやすくなるから」という友人の誘いで「ロシア語研究会」というサークルに入ると、なぜかそこはロシア語ではなくフランス現代思想の研究サークル。でもすごく面白かった。入学が'78年だから、ポストモダンの黎明期だったんです。

サークルの先輩からフーコーやドゥルーズ=ガタリ、デリダなどの本を教えてもらい、わからないながらも熱心に読みました。今の自分の文章にも、その頃の影響ははっきり残っています。

村上春樹と村上龍は、僕が高校、大学時代にデビューした二人です。'80年代の前半、変貌を遂げる東京の姿が描かれていて、時代の雰囲気をこんなふうに表現できるのかと驚きました。

卒業して小さな出版社に就職しますが、大学時代の延長で「現代思想」や「エピステーメー」などの思想系の雑誌や本を読んでいると、同僚から「何でそんなつまんない本ばっかり読んでるんだ?」といわれて薦められたのがチャンドラーの『長いお別れ』。おかげでハードボイルドの面白さに開眼しました。

 

ヘロイン中毒の逃亡犯が主人公

一番好きなのがローレンス・ブロックの『八百万の死にざま』。アル中の探偵が主人公で、ニューヨークを舞台に、魅力的な女性から依頼を受け、事件に巻き込まれていくという王道のストーリーが、非常に巧みに展開されます。

誰もが過去に傷をもち、都会の中で孤独に生きているというハードボイルドの世界観は、東京で一人暮らしをしていた自分にも重なりました。

もともと旅行が好きで、'01年に著述業に専念すると決めると、1年に3~4ヵ月は世界各地に出かけています。『深夜特急』はいわずとしれたバックパッカーのバイブル。一人旅へのあこがれをかきたててくれます。

マカオ、町の雑踏(Photo by gettyimgaes)

この名作に対し、『シャンタラム』は冒険小説の要素が加わった新しいスタイルの旅ものの傑作。ヘロイン中毒でオーストラリアの刑務所に入った主人公が脱獄してインドに行き、国際逃亡犯としてムンバイのスラムで暮らし、マフィアの大物に気に入られるなど、信じられない出来事がノンストップで起きる。これが抜群の面白さです。