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いま親日国カンボジアの人々が中国に共感し、米国を嫌悪する理由

現地を歩き、中国の影響力を見聞きした
阿古 智子 プロフィール

アメリカへの強い嫌悪感

カンボジアの華人は激動の歴史を生き抜くため、華人のルーツを隠してクメール語の名前をつけ、現地に溶け込んできた。

フランス統治下で、華人は決められた集団の中でしか活動できなかったし、クメール・ルージュの時代には、家族や親戚を殺された人や餓死した人も少なくない。

中国が直接介入してカンボジアを統治したことがないにしても、国外追放されたシアヌークは中国政府の協力を得て亡命政権を結成し、中国の要人たちとポル・ポト派の橋渡しをした。 

そのような過去を振り返れば、中国との関係にも慎重になる人が多いのだろうと思っていたが、私が今回会った人たちのほとんどが、中国との関係を前向きに捉えていた。

(筆者撮影)

また、対照的だったのが、アメリカについて悪く言う人が多かったことだ。

知人の紹介で会った弁護士は、長年、アメリカの団体が支援する司法改革のプロジェクトにも関わってきたが、アメリカを痛烈に批判した。
 
「カンボジアは小国で、大国の影響を受けやすいんだ。農業が中心の国で、貿易赤字も大きい。

アメリカは日本と同様、カンボジアに多額の援助をしてきたが、“人権”“民主”“法の支配”と条件を押しつけ、プロジェクトの資金はアメリカに戻っていくようなやり方だ(筆者注:プロジェクトを担当する米国人専門家に多額のお金が支払われているということだろうか)。

あなたたち日本は、援助でビルや道路を残してくれたが、アメリカは何を残したというのか。自分は十年以上、アメリカの組織で働き、歴代の米国大使にも会ってきたが、東側のやり方と西側のやり方は大きく異なると感じている」

「カンボジアは共産主義にも、西洋社会にも偏らず、中道を歩んできた。アメリカ主導でできたSEATO(東南アジア条約機構)1も全く機能しなかったし、今は野党や外国勢力にカンボジア政府を否定させている。最近の在米カンボジア人の強制送還2も非人道的だし、カンボジアの状況を理解していない」

「カンボジアはクメール・ルージュの時でさえ、中国からアドバイスこそ受けたが、独立の立場は保った。この20〜30年間、カンボジアは(米国の)プロパガンダに振り回された。

カンボジアは敗者だからどうしようもないが、“中国の傀儡”(puppet of China)なんかではない! 中国のやり方は、それぞれの国が自分で決めるというスタイルなんだ!」

1 SEATO(東南アジア条約機構):アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリア、ニュージーランド、タイ、フィリピン、パキスタンの8カ国が、対共産圏包囲網の一環として結成した。マニラ条約への調印で1955年に正式に発足したが、ジュネーブ協定で軍事同盟への参加を禁じられた南ベトナム、カンボジア、ラオスも、一方的にマニラ条約の適用範囲に入れられた。SEATOは東南アジア地域の政治・経済・軍事統合の触媒となるはずだったが、ベトナム戦争でもその機能は果たせず、1977年に消滅した。

2 移民を制限する米国は、米国で有罪判決を受けたカンボジア人への送還協力が不十分だとして、カンボジア外務省の関係者に対してビザ発行の制限を課した。昨年12月3日には米・国務省が、米国は難民・移民の保護強化に関する国連の枠組み「ニューヨーク宣言」から離脱したと発表。これを受けて、フン・セン首相は今年初め、難民として米国に渡り、米国で国外追放処分となったカンボジア人に自国へ帰還するように呼びかけた。

【参考文献】
上林俊介「カンボジアにおける華人と華語学校の歴史」西野節男編著『現代カンボジア教育の諸相』2009年、東洋大学アジア文化研究所
大塚豊「カンボジアにおける華人・華語学校の断絶と復興」西野節男編著、同
掲書
木村文「中国はカンボジアに買われたのか」『海外事情』2017年10月号
野澤知弘(2008)「カンボジアの華人社会-華語教育の再興と発展」『アジア研究』Vol.54, No1.