自殺防止センターのSNSアカウントはあるが、すべて電話対応だ Photo by iStock

「生きてほしい」とは言わない 東京自殺防止センターの意外な原則

SNS時代の「死にたい」に答える

昨年、神奈川県座間市のアパートから男女9人の遺体が見つかった事件で、容疑者はツイッターで「♯自殺募集」を含む投稿を検索して被害者と接触したという。

これを受け今月、ツイッター・ジャパンは対策を始めた。自殺に関連する検索ワードを入力すると一番上に「東京自殺防止センター」のアカウントが出る。センターは無給の相談員が365日、夜間に電話を取って20年。SNS時代の「死にたい」にどう対応するのか。以前からセンターを取材している私は、改めて話を聞いた。

年末年始の辛さ

東京都新宿区にある認定NPO「国際ビフレンダーズ東京自殺防止センター」。年末年始も含めて365日、無給の相談員が電話を取っている。死にたい気持ちが募りがちな夜8時から朝6時までの間が、受け付け時間だ。

東京都自殺防止センターで電話を取るボランティア 写真/なかのかおり

私は10年以上前から、取材を通してセンターの皆さんと交流がある。今年は創設20年の節目でもあり、年明けにセンターを訪ねた。年末年始の様子を聞くと、この時期ならではの厳しい相談が多かった。

大みそかの夜、相談員はおよそ30件の電話を取った。もっとかかっていたものの、数人では取り切れない。プライバシーを守るため詳しいやり取りは紹介できないが、話の内容は切実だったという。

「今年もダメだった」「今年も死ねなかった」「来年は死にたい」

さらに非日常の年始も、重い悩みを抱える人には、しんどい時間と想像できる。お正月で家族と接する時間が増え、何気なく言われる言葉に傷ついたり、自分だけがダメな人間に思えたり。相談員の一人は「お雑煮を食べるお金がないという声もあるんですよ」と話していた。

世の中は浮かれムードの時期、頼れる病院や公共機関はお休み。身の置き所がない人にとっては辛さがつのる。だからこそ、センターのような窓口が求められていると思う。

 

友達として寄り添う

センターを創設したのは、大阪で自殺防止の活動をしていた西原由記子さん。1998年、牧師の夫・明さんと、つてのない東京に移り住んだ。いじめ自殺の報道や中央線の飛び込みの多さに心を痛めていたからだという。2人は、今の事務所でもある教会の一角を借りてセンターを始めた。活動の費用は寄付でまかなってきた。

西原さん夫妻は天に召されたが、私もたびたびお会いした。由記子さんは、小柄だけれど、人を惹きつけるオーラと明るさ、行動力があった。夫妻は、何もなかった東京で人脈を作り、電話を受けるボランティア相談員「ビフレンダー」を育てた。イギリス発祥の「befriending ビフレンディング」という援助の手法を取り入れ、国際連盟にも加入。専門家ではない「友達」としてある一定の期間、寄り添うという考え方だ。

内閣府の自殺防止キャンペーンに協力するなど、活動の輪も大きくなった。共鳴した人たちは宮崎や岩手にセンターを設立。由記子さんは晩年まで、講演や研修に飛び回った。

訓練を受けた無給スタッフ

私がこれまで出会った相談員は、大企業を退職後の男性、ケアワーカーとして働きながら学びにしたいと参加した女性、センターのシフト明けで出勤する男性、子育てに一段落した女性など立場も人柄も様々。前向きで信念があり、魅力的な人たちだ。

実働の相談員は20代から80代の40人ほどで、常にぎりぎりの状況。自分で費用を払って研修を受け、1年ほどかけて訓練する。そこまでした上、無給で月に数回のシフトに入る。

4年前に由記子さんが亡くなり、私はセンターはどうなってしまうのか心配だった。ささやかな応援も込めてこの数年、センターが主催する傾聴講座や講演会に参加してきた。「いつも現場にいること」「コーラー(相談者)が優先」と言い続けた由記子さんの教えは、今のメンバーに受け継がれ生きていると実感した。