仮想通貨580億円流出事件で露呈したメディアとテック業界の深い溝

リスクと捉えるか、可能性に賭けるか
石田 健 プロフィール

メディアはどう変わるべきか

そのためには、メディア側も大きく2つの施策が必要となる。

1つは、決して大量ではなくとも専門知識を持った記者を採用・育成することだ。

未来にどのような技術・テクノロジーが注目を集めるかを予測することは容易ではない。

しかし、何らかの専門性を持ち、ある分野で学位を取得しているような人材であれば、基礎的な知識を背景として、新たな分野について理解を深める事は不可能ではない。

そうした人材が、時間をかけて新たな技術・分野を学習することができるよう、メディア側が投資をおこなう意義は大きい。

TV局や新聞社は、ほとんどが学部卒の若者を一括採用しており、その専門性を活かしたキャリアを用意している企業はほとんどない。

まずはこうした採用スタイルを少しでも見直し、アカデミック・キャリアを積んできた研究者やテクノロジー業界で知見を持った人材を積極的に登用していくことが、重要だ。

 

また、専門的知識と言わずとも、最低限のリテラシーを持った人材を育成することも必須だ。

大手メディアの中には、因果関係と相関関係の区別すらついていないような記事や、明らかにミスリーディングを誘引するグラフや説明を展開する記事がたびたび見られる。

科学リテラシーは、文系理系問わず、物事を科学的に、すなわちデータ・事実に基づいて客観的な理解するという基本的な姿勢を意味する。

深い専門的知識を会得するには相応の訓練が必要だが、基本的なリテラシーを獲得していくコストは、それほど大きなものではない。

こうした施策によって、メディアに専門知識や最低限のリテラシーを持った記者が生まれない限りは、テクノロジー業界に課せられた責任は不当に大きくなってしまうだろう。

今回の事件についても、コインチェック社の何が問題であり、何が問題ではなかったのかを明確にする必要がある。

経営陣が若いことや金融業界の経験がないことは事件に直接的な関係はないし、コールドウォレットについても、実際に技術的難易度が高い部分はあるという指摘が出ており、こうした点を冷静に把握することが求められる。

しかし、もしメディアが、経営陣に対して事件と関係がないトピックを面白可笑しく書き立てたり、仮想通貨を詐欺や胡散臭いものの象徴として取り上げたりしまっては、彼らが有意義な企業やテクノロジーを潰してしまう先鋒になりかねない。

特に仮想通貨のように法整備すらままならないものが、急速に広まっていったことで、一般消費者のリテラシーが追いつかないまま、巨大マーケットが誕生している。

一般消費者に複雑なテクノロジーを分かりやすく説明する役割を持つメディアに適切な人材がいないことで、両者の間にある溝がますます深まってしまうリスクを生んでいるのだ。

求められる双方のアップデート

コインチェック社の会見は、テクノロジー業界に課された責任が急速に大きくなっている事実と、メディアに専門知識を持った人材が欠如しているという事実が、大きな摩擦を生み出す可能性を予感させた。

筆者は新たな技術やテクノロジーこそが社会を前進させ、思いもよらないポジティブな変化を生み出すものだと信じている。

これまでであれば、そうしたテクノロジーを素早く社会実装し、社会を「ハック」することで変化が生じたかもしれない。

だが、その影響力が大きくなってきた昨今、社会との軋轢を避け、適切なコミュニケーションを取ることは欠かせないプロセスになるだろう。

仮想通貨という新たなテクノロジーが、適切に社会に溶け込み、予想外のポジティブな変化を生み出すためには、テクノロジー業界とメディアの双方が、そのプロセスを滑らかにおこなうべく、互いに理解を深めアップデートをおこなう必要があるのだ。