仮想通貨580億円流出事件で露呈したメディアとテック業界の深い溝

リスクと捉えるか、可能性に賭けるか
石田 健 プロフィール

質問して情報を引き出す役割と意味

また、コインチェック社を袋叩きにしている、記者は謝罪を引き出したいだけなのか、という声も見られた。たしかに今回の会見に限らず、明らかに個人の倫理的な価値判断によって、取材対象者を糾弾するような記者は後を絶たない。

ライブ動画などにより会見がリアルタイムで中継され、書き起こしなども進んでいったことで、私たちがメディアで知る一問一答が、長い会見のごく一部を切り取ったものであることに多くの人が気付きはじめた。

悪意ある質問をする記者や明らかに個人の倫理観に基いている無用な糾弾にしか取れない質問をくりかえす記者を擁護するべきとは思わないが、同時に、記者が繰り返し質問をすることは、彼らにとっても重要な役目であることは強調されるべきだ。

 

会見の中で、コインチェック社は何度も「セキュリティーには万全を期してきた」と答えた。

しかし、NEMをオンラインで管理していたことについては、コールドウォレット(インターネットと完全に切り離されたウォレット)で管理をするのはシステム的に難易度が非常に高いため後回しになっていたと述べており、マルチシグネチャ(複数の秘密鍵でのウォレット管理)をおこなっていなかったことも明らかにしており、NEM財団がフォークをしない根拠にもなっている。

こうした点から、本当にコインチェック社はセキュリティーに万全を期していたのか?という議論は当然ながら生まれてくる。

何をもって万全と呼ぶのかは別として、少なくとも被害者や仮想通貨に十分な知識を持っていない一般消費者は、今回の事件が仮想通貨という新たなテクノロジーが持つ欠陥によるものなのか、コインチェック社の過失によるものなのかという点に関心を持っているはずだ。

それらは、すでに仮想通貨に知見を有している人にとっては幼稚に見える話かもしれないが、仮想通貨そのものが多大なリスクを孕んだ仕組みなのか、責任の所在はどこにあるのか、という議論を改めて社会全体がおこなう上で必要な情報である。

一見すると会見で厳しい追求がされることは、コインチェック社から謝罪を引き出して、記者やメディアが鬼の首を取ったように喜びたいだけに見えるかもしれない。

しかし、ただ1度コインチェック社の「セキュリティーには万全を期してきた」という回答に対して、メディアが「はい、そうですか」と引き下がってしまっては、十分な情報を引き出せない。

挑発的・扇動的な質問を繰り返し、取材対象者に思わず本音を言わせたり、好戦的な発言を引き出すことは、そもそも倫理的に正しいのか?という問いや、感情的になった際の発言が本音といえるのだろうか?という根本的な疑問は当然ながらある。

少なくとも、取材対象者と取材者が予定調和なやり取りだけをして、十分に情報を問い質したと言うならば、それは記者の怠慢とすら言えるだろう。

〔PHOTO〕iStock

メディアが抱える深刻な課題

会見を見た人の中には、記者が仮想通貨やテクノロジーについて、十分理解していないという批判も見られた。

これについては、2つの点からメディア側を擁護することもできる。

1つは記者が当該分野に専門知識を有していようがいまいが、取材は可能であるという点である。

メディアの向こう側にいるのは、大半が専門知識を持たない一般消費者であり、大手メディアは彼らにわかりやすく情報を伝える必要があり、そうした立場に立った上での質問をしているとも言える。

もう1つは、そもそもテクノロジー担当の記者であっても、全ての分野に知見のある記者などほぼ皆無ということだ。

今回の会見は東京証券取引所でおこなわれた点からもわかるように、テクノロジー担当だけでなく経済・社会部の記者からも関心を持たれていた。

その逆もまた然りではあるが、一般的な経済問題に詳しい記者が、ビットコインにも詳しいとは限らないのは、当然と言えば当然だ。

ただこうした擁護があったとしても、専門知識を有した記者がいないというのは、メディアが抱える深刻な課題である。