毎年100人を看取る医師が明かす「憧れた最期・嫌だと思った最期」

上手に死ぬのは健康長寿より難しい
週刊現代 プロフィール

100歳で点滴漬け

すべてのケースで在宅医療がいいとは限りません。私たちから見て、「正直、施設に入れたほうが、ハッピーなのに」と思うケースもあります。

たとえば、90代の認知症のおばあさんがいました。息子さんはまだ働きに出ていて、日中は誰も家族がいない。心臓も肺も元気なのに、動けないから四畳半の部屋でボーッと過ごされていました。

もし施設に入っていれば、他の入居者やスタッフが周りにいて、生活のリズムや潤いを実感できると思います。他人がいることで、社会性を維持できて、認知症の進行も遅らせることができるかもしれない。

 

ただ、施設に入れるには、世田谷区内なら、どんなに安くても月20万円くらいかかります。仕事が忙しくて、親を介護する余裕がないんだけれども、施設に入れるおカネもないから、在宅で看るケースというのも少なくありません。

自分では介護ができないからと言って私たちに「丸投げ」するケースもあります。残念ながら、その中には、使い捨てのおむつを何度も使い回していたり、毎日スーパーで安い食事を買い与えるだけだったりする方もいらっしゃいました。ある種のネグレクトと言っていいかもしれません。

しかし、親子関係というのは、本当に長く深い歴史があってのことですから、私たちが横から入ってもどうこうできるものではありません。最終的にできるのは、「こうしたほうがいいのでは」と側面から支援することだけなのです。

時には、家族の愛情は怖いなと思うこともありました。100歳のおばあさんを娘さんが介護していた。母のためにできることは何でもしてあげたいという方でした。

患者さんははっきりとした意思表示ができなくなっていましたが、ちょっと具合が悪くなると、病院に連れていき、すぐに点滴を打つ。

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どんどんと医療を進めていくことが本人にとって幸せなのだろうか、本人が望んでいないことまでやっているのではないかと疑問に感じることがありました。

とはいえ、私たちからは必要以上の医療行為に見えても、それを家族に伝えるのは難しい。母親を看て10年以上という方の場合、10年前の知識で考えることも多い。でも、10年前とは母親の容態も治療の効果も違います。

その結果、患者さん本人が長く苦しめられるケースがありますから、まだ元気なうちに、自分が受ける治療についてはご家族と話し合っておくことをおすすめします。

「週刊現代」2018年2月3日号より