ようやく新緑の美しい季節になり、高原にも観光客の姿が増えてきた。さあ、もうすぐ夏の観光シーズン。これからが本番だ‼ とはりきっていた6月の末。

突然、Kくんが「辞めさせてください」と言ってきた。

……は? 

びっくりしすぎて頭の中が真っ白だ。

冬場は週2日の営業だったが、お給料は固定給で支払っていた。冬の間、ウチの店はほとんど売り上げがないので大赤字。冬は暇だが、その分夏になったら頑張ってね……と言っていたはずだが? それで夏を目前に辞めるというのは、いくらなんでも……酷く、ないですか?

こんな時期に辞められたら、店がどんなに困るかわからないわけはないだろう。

 呆然としながらも辞める理由を訊いてみると、彼は意気揚々とこう答えた。

「もっと上をめざしたいんです!」

はい……?

「上をめざす前に、ウチの店をなんとかしろ~〜〜〜‼」

と、言いたいのは山々だが、もはや引き止める気にもならなかった。

Kくんの夢は生あたたかく応援することにして、とにかく、早急に新しいマスターを探さなければならない。夏はもう目の前なのだ。

幸い、知り合いの紹介で、Oくんという30代の男性が働いてくれることになった。

Oくんはご夫婦で勤めていた軽井沢のホテルがクローズになって、ちょうど勤め先を探していたところだった。実は、すでに箱根のホテルへの再就職が内定していたが、将来、ペンション経営を夢見ていたOくんは、店を一軒任されることにやりがいを感じ、将来のための勉強にもなれば……と、うちの店のマスターになることを選んでくれたのだ。 

彼はとても真面目で人柄もよく、「わんこ物語」が閉店するまでの3年半、ずっとマスターとして店を切り盛りしてくれた。

信頼できたOくんファミリーと記念撮影。いまでも連絡をとる間柄だ。残念なのはこの写真は閉店の片付けのときのものということ。ちなみにKくんと一緒に写真を撮影したことはない。写真提供/折原みと

しかし、そのOくんを悩ませたのが、アルバイトの問題だ。

労働基準局に訴えます!

人が少なく、交通の便も悪い田舎では、特に人手の確保が難しい。ウチの店では、ご近所の友人奥さまたちにパートで手伝っていただくことが多かったが、それ以外には、地元のタウン誌でアルバイトを募集していた。

が、飛び込みで来てくれたアルバイトの中には、なかなかにトンデモな人たちもいる

ある年のGW間近、20歳くらいの大人しそうな女の子がバイトをしたいとやって来た。GWから夏にかけては繁忙期なので、彼女が頼もしい戦力になってくれたらありがたい。このMさんはカフェのアルバイト未経験だったので、GW前の暇な平日に、ドリンクの作り方や料理の盛り付け、レジの打ち方などを一から教えた。

Mさんはあまり飲み込みがいい方ではなかったが、マスターのOくんは辛抱強く教育した。練習のために消費する食材費はバカにならないし、トレーニング期間であっても、もちろんバイト代は支払うことになる。店にとっては、従業員を育てるための先行投資だ。

が、いよいよ勝負のGW初日、Mさんは店に現れなかった。当てにしていた人手が足りずに店はてんてこまい。マスターが電話をすると、「体調が悪いので休みます」とのこと。

病気なら仕方ない。仕方ない……が、忙しいのが分かっている日に、無断欠勤するようでは、先が思いやられてしまう。

もともと、少々コミュニケーション能力やカフェ店員としての適性に不安があったこともあって、マスターは、Mさんを正式に雇えないと判断した。それまでの投資や教育は無駄になるが、それは諦めるしかない。

だが、事はそれでは済まなかった。GWの忙しい最中、Mさんの母親が、カンカンになって店に怒鳴りこんで来たのだ。

「うちの子は一生懸命働いていたのに、どうしてクビにするんですか? 労働基準局に訴えます!」

モンスターペアレントの登場だ。