危篤の父が証券マンのぼくに隠していた「もうひとつの家族と人生」

現役証券マン「家族をさがす旅」【1】
町田 哲也 プロフィール

自分を責める母

集中治療室のある病院の3階は、ほとんど訪問客がいなかった。2階の正面フロントでのにぎわいが別の建物のように思える。ぼくは控え室に戻ると、最初の疑問を口にした。

「もともとは腎臓が悪かったんでしょ?」

「そうなの。腎臓だと思って検査してたら、別の症状が見つかったみたいなの。貧血と血便がひどくて、まずは原因を特定しないことにはどうしようもないっていうのが先生の話なのよ」

「何で今までわからなかったんだろうな」

「こんなことになるんだったら、もう少し早く病院に連れてくればよかったよ」

そういうと母は、メガネを外して思いつめるような表情をした。姉の家に通っていて、父の異変に気づかなかった自分を責めているようないいぶりだった。

「それは仕方ないよ。病院に行けっていったって、いうことを聞くような性格じゃないんだから」

「今回はちょっと違ったのよ。もう自分は長くないからって。自分の携帯を解約して、株も売却して、身の回りのものはぜんぶ処分しようとしてたの」

「株も?」

母はうなずいた。

「これしかないけどって残ったお金を私にもくれて。明日からどうするのって訊いたら、自分は死ぬかもしれないから持ってても仕方ないって。私もまさかこんなことになるとは思ってなかったから、ビックリしちゃって」

父は病院に行く前日までに、最悪の事態も覚悟して生活を整理していた。そんな父が、ジュースが欲しい、入れ歯を忘れたと、小さなことで騒ぐ姿に重ならない。死が近づいたことで不安を憶えたのだろうか。

 

「実は、お兄さんがいるの」

姉が二人の子どもを連れてくると、控え室が一気に騒がしくなった。

「ごめんね。遅くなっちゃった」

「来られないんじゃなかったの?」

「さっきお母さんには連絡したんだけど、どうにかうちの人に都合をつけてもらって、明日迎えに来てもらうことにしたの」

「じゃあ、今日は泊りか」

「そうさせてもらおうかな。話ができるのも最後かもしれないって考え直したら、来ておいた方がいいかなって思って」

姉はベビーカーから赤ちゃんを抱き寄せると、母に父の様子を訊いた。慣れない様子で周囲を見回す3歳の女の子は、幼稚園を早退してきた理由をよくわかっていないようだった。

「智弘は呼んでないの?」

「ぜんぜん連絡がつかなくてね。どうにかして来て欲しいんだけど」

「相変わらずか」

しばらく前に家を出た弟のことだ。ぼくより6歳下で、小さい頃からおとなしい末っ子という存在だったが、大学生のときに突然家出をして中退するなど、直情的な行動をとるようになった。今では家族との連絡も絶ち、O市内のどこかで働いているらしいということしかわからなかった。

母は姉にも父の症状を一通り説明すると、ひと息ついてからぼくを見た。

「こんなときだから、あなたに説明しておこうと思うんだけどね」

「どうしたの?」

素っ気ないいい方をしたのは、準備ができてると伝えたいからだった。父の病状についてどんなことをいわれても、驚かない自信があった。

「実は、あなたのお兄さんにあたる人がいるの」

「お兄さん?」

「私と結婚する前の奥さんとの子どもなのよ」

冷静に話す母の表情に、ぼくはどう反応してよいかわからなかった。 

                              (第2回につづく)

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