「スマホ育児は子どもに悪影響」があまりに短絡的と言える理由

世代間連鎖を防ぐ子育て論(8)
信田 さよ子 プロフィール

「生きている」感覚がほしい

少々くわしく述べてきましたが、ここから多くのことを学ぶことができます。

アルコール依存症の回復が自助グループに参加することでもたらされるという経験的事実と、ゲーム・ネット依存の治療としておこなわれるキャンプ活動でのメンターとのつながりはどこか重なっているような気がします。

依存症(アディクション)を、意志が弱い、人間としてだらしがないというふうに否定的にとらえる見方は、本人の回復にとってむしろマイナスになります。

多くの依存症者は、どうしようもない苦痛や苦悩、ときには身体的痛みを抱えながら生きていくために、酒を飲み、薬を使用し、ゲーム・ネットに没入する、つまり「生き延びるために」依存症になるのだ、と考えられています。

若者の場合は、家族関係、学校生活におけるさまざまな問題が生じた場合、その苦痛や葛藤の解決を、もっとも確実で手軽なゲーム・ネットの世界に求めるのだと考えられます。

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親から将来について強い期待がある、父から母へのDVが繰り返される、学校でいじめられる、先生から理解されない、兄弟で比較される、成績が急落する……といった現実の困難が生じたとき、いっぽうでゲーム・ネットの世界ではまったく異なる世界が展開し、そこでは認められたり、仲間ができたりするのです。

その刺激に満ちた世界は強い快感をもたらし、現実の家族や学校よりもはるかに「生きている」感覚を与えてくれるのでしょう。

キャンプ活動で経験するのは、「話を聞いてもらう」というきわめてシンプルな人間関係であり、困ったときに助けられる、助けを求められるという人間関係です。

怖いときには怖いと言えること、それが否定されないこと、何より自分の感情や自分の身体感覚に気づくことが可能になるのです。

裏返せば、彼らの生活にはそのような経験がまったくなかったといえます。

親から期待されるのは、学校や塾での成績や偏差値の上昇だけであり、家族間の暖かい交流など皆無の生活だったのではないでしょうか。学校に行けば、いじめのターゲットにならないように最大限の心配りをせねばならず、友人とのつきあいも食うか食われるかの緊張感に満ちていたのでしょう。

そのような過酷な人間関係=現実において、唯一の救いがゲーム・ネット依存だったのかもしれません。

 

ほんとうの問題はスマホ育児にあるのではない

ここでスマホ育児の問題にもどることにしましょう。

幼少時からスマホに触れる、ゲームに興じることで、ゲーム・ネット依存のリスクが高まるという見方が一面的であることがおわかりいただけたでしょうか。

あらゆるメンタル・心理的問題は単一の原因で発生することはありません。

多くのゲーム・ネット依存の若者から見えてくるものは、彼らをとりまく家族関係、学校での人間関係、さらには教育システムの過酷さではないでしょうか。

その中で、唯一確実に彼らを救済してくれるのがゲーム・ネットの世界なのです。

とすれば必要なことは、ゲーム・ネットの世界よりもはるかに楽しく、はるかに豊かな人間関係を用意することでしょう。

本連載で繰り返し述べてきたいくつかの提言とそれはつながってきます。