国家破産は、これさえ守っておけば全然怖いことではなかった

慌てる必要はありません

危機はいずれ、現実化する

財政赤字というのは、収入(税収)に対して支出(公共サービス)が大きすぎることです。アベノミクスによって日本経済が高度成長期並みに大復活して税収が大幅に増えたり、強大な権力を持つ政権が消費税率を20%に引き上げ、年金や健康保険、生活保護などの社会保障を徹底的にカットすれば、日本の財政は健全化するかもしれません。

私はこのような「明るい未来」を願っていますが、しかしその一方で、それを前提として人生を設計するだけの度胸もありません。

かつてユーロ危機が突きつけたのは、「構造的な問題は現実化する」という冷厳たる歴史法則です。

ユーロが発足したとき経済学者たちは、「各国の財政が独立したままで通貨だけを共通にする制度が持続可能なはずはない」と批判しました。しかし尊大なヨーロッパの政治家たちはその警告に耳を貸さず、「ドルに代わる基軸通貨をつくる」という政治的な野心を優先したのです。

世界金融危機の前、ヨーロッパはわが世の春を謳歌していました。イタリアやスペインは不動産バブルに沸き、多国籍企業の誘致に成功したアイルランドは「ケルトの奇跡」と呼ばれ、アイスランドは銀行の資産がGDPの10倍を超える“ヘッジファンド国家”となりました。

しかし、絶頂から落日までは一瞬でした。世界金融危機で「照明」が落ちてみれば、なにもかもが金の張りぼてだったのです。

 

日本国の財政赤字も構造的な問題で、国家が無限に借金することはできないのですから(もしそれが可能なら錬金術になってしまいます)、このままでは危機はいずれ現実化するでしょう。その影響が計り知れないものである以上、私たちは個人としてそのリスクに備えなければなりません。

ここであらかじめ断っておきますが、「国家破産」の不吉な未来を予言して人心を惑わすことは私の本意ではありません。それでも“財政ハルマゲドン”の予言者がたくさんいて、彼らの言葉にそれなりの根拠がある以上、ただ耳をふさいでいればいいというわけにもいきません。

世界金融危機が明らかにしたように、金融市場はきわめて複雑なネットワークで、因果論や確率論では未来を予測することはできません。すなわち、なにが起きるかは誰にもわからないのです。

日本には「3つのシナリオ」しかない

本書では、日本経済の近未来を次の3つのシナリオで検討しています。

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(1)楽観シナリオ アベノミクスが成功して高度経済成長がふたたびはじまる

(2)悲観シナリオ 金融緩和は効果がなく、デフレ不況がこれからもつづく

(3)破滅シナリオ 国債価格の暴落(金利の急騰)と高インフレで財政は破綻し、大規模な金融危機が起きて日本経済は大混乱に陥る

ここで重要なのは、経済には強い継続性(粘性)があることです。仮に③の「破滅シナリオ」が現実のものになったとしても、それは次のような順番で進行するでしょう。

第1ステージ:国債価格が下落して金利が上昇する

第2ステージ:円安とインフレが進行し、国家債務の膨張が止まらなくなる

最終ステージ(国家破産):日本政府が国債のデフォルトを宣告し、IMFの管理下に入る

たとえ日本の財政が破綻したとしても、“危機”は第1ステージから第2ステージ、最終ステージへと順に悪化していくのですから、ある朝目覚めたら日本円が紙くずになっていた、などということはありません。

いたずらに「国家破産」を心配する必要はありません。仮に日本国がデフォルトするとしても、それまでの間に自分と家族を守るための時間はじゅうぶんに残されているのです。

だとすれば、具体的にどのように将来の経済的なリスクに備えればいいのでしょうか?