あるフィリピン人女性が「育児困難」に陥った3つの理由

育てられない母親たち【13】
石井 光太 プロフィール

あろうことかフィリピンの実家に……

ベネッサが百合愛を引き取り育てることになったが、きちんと子供の面倒をみるような性格ではなかった。保育園にも行かせずに家に放置。離婚した祐司の実家に百合愛を預けて、1週間も2週間も引き取りにこないこともざらだった。

祐司の母親がさすがに見かねて注意した。

「百合愛を育てられないなら、施設に預けるか何とかしなさい!」

すると、ベネッサは百合愛を施設ではなく、あろうことかフィリピンの実家へ預けてしまった。自分だけ日本にもどってきて、フィリピンの実家の親戚が百合愛の面倒を見ることになったのだ。

フィリピンで百合愛がどのような暮らしをしていたかわからない。約4年後、ベネッサは何も言わず、再び百合愛をフィリピンから連れてきて、日本で暮らしはじめた。

百合愛は地元の中学へ通うことになった。だが、ベネッサの生活態度は以前と何も変わらず、遊び回ったり、祐司の実家に預けたままにしたりする日々。学校でも、給食費の未払い、保護者面談の不参加、音信不通など問題行動がつづいた。そもそもベネッサは日本語が不得意なので、プリントや電話を理解することもままならないのだ。

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ベネッサは、学校からくり返し注意を受けた。だが、反省の色はまったくなかった。しばらく百合愛が学校に来なくなったので捜してみたところ、大阪のパブで働いていた友人の家に預けられていたということもあった。母親本人は彼氏の家に入り浸っていたそうだ。

学校は自分たちだけでは手に負えないと判断し、行政へ通報した。行政の担当者は見るに見かねて、人に預けずに自分で面倒を見るようにと注意した。ベネッサはこう答えたという。

「フィリピンでは忙しい時は人に頼む。これ、普通」

行政の職員は、日本ではちがうと説明したが、わかってもらえなかった。

同じ頃、ベネッサは百合愛に手を上げるようになっていた。

百合愛は学校へ行っていたため年相応に日本語をしゃべることができたが、タガログ語はまったくわからない。一方、ベネッサの方は日本語がほとんどできない。そんないら立ちのためか、ベネッサは何が気に食わないことがあると言葉でつたえるより先に傘で殴りつけるようになったのだ。

 

これについても行政の職員が度々注意したが、答えは決まってこうだった。

「フィリピンではみんなやってる。おかしくないよ」
 
子供に手を上げるのは当たり前というスタンスだったのである。

家庭の状況がさらに悪化したのは、百合愛が小学5年の時だった。ベネッサが別の店に移ったのをきっかけに、家がフィリピン人ホステスたちのたまり場となったのだ。しかも、そこにはヤクザ風の男も出入りしていた。

ベネッサは家が手狭になると、娘を友人のアパートに預けた。アパートで友人の子供だけ7、8人集めて住まわせたのだ。だが、百合愛はその暮らしになじめなかったらしく、頻繁に家出をするようになる。そして夜中に繁華街を歩いているところを何度か補導され、児童相談所によって保護されることになった。