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あるフィリピン人女性が「育児困難」に陥った3つの理由

育てられない母親たち【13】

ノンフィクション作家の石井光太さんが、「ワケあり」の母親たちを密着取材していく本連載。彼女たちが「我が子を育てられない」事情とは?

* 石井光太さん記事バックナンバーはこちら http://gendai.ismedia.jp/list/author/kotaishi

なぜ在留外国人が育児困難に陥るのか

日本にいる在留外国人は、230万人以上にのぼるという。

そうした外国人の中には、結婚をして子育てをしている人たちも少なくない。そして大半が慣れない異国にあっても、わが子を愛し、きちんと責任をもって育てている。

だが、そうではない人々もいる。

たとえば、「リベンジポルノ」で有名になった三鷹女子高生ストーカー殺人事件の加害者家族がそうだ。

犯人は池永チャールズトーマス。彼は、ホステスをしていたフィリピン人の母親のもとで生まれたものの、幼少期から母親に育児放棄され、母親が男を連れ込むようになってからは、男にライターで鼻をあぶられたり、風呂に沈められたりと、拷問さながらの虐待を受けつづける。そうした経験も影響したのだろう、人格をゆがめられた彼は成長した後、重大事件を犯すに至った。

同じようなことは、2015年2月に多摩川の河川敷で起きた川崎中1男子生徒殺害事件においても当てはまる。中学1年の少年をカッターで43回切って殺害させた加害少年3人のうち、2人がフィリピン人女性との間に生まれたハーフである。この時も、裁判の審議で加害少年たちの生い立ちが弁護士側によって取り上げられ、情状の余地となるか否かが話題になった。

(川崎の事件については、拙著『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件』をご参照下さい)

誤解のなきよう書いておくが、外国人家庭だからこういうことが起こるわけではない。だが、外国人とて日本人と同じように育児困難に陥ることがあるのも事実だ。

では、どのような形でそうなるのか。

今回は、先にあげた2つの例と同じく、フィリピン人でホステスをしていた女性の家庭を例に考えてみたい。

 

日本人とデキ婚するものの2年で離婚

ベネッサ(仮名)はフィリピンで生まれ育ち、18歳の時に日本にやってきた。現地ブローカーを通しての来日だったのだろう。関西にあるフィリピンパブで働きはじめた。

彼女は毎晩のように朝まで浴びるように酒を飲み、カラオケを歌うような日々だったらしい。そのせいで、日本語の能力はほとんど向上せず、3、4歳くらいの語彙――用件をなんとかつたえられる程度――しかなかったという。

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彼女は20代の半ばで日本人と結婚して2人の子供を産んだが、すぐに離婚。子供は父親の親族が引き取ったそうだ。その後、彼女は関西のフィリピンパブを転々としながら暮らしていた。その間に、さらに二度結婚と離婚をくり返したというから、異性関係はかなり派手だったと思われる。

やがてベネッサは名古屋のパブに流れ着いた。その店で出会った客が大田原祐司(仮名)だった。2人の間には、百合愛(仮名)が生まれ、それをきっかけに籍を入れることにした。

結婚生活は長くは続かなかった。祐司は足が悪かった上に、不定期の仕事で安定した収入がなかった。ベネッサは仕事以外でも飲み歩いてばかりで家事は一切しない。自然とぶつかることが増えて、2年も経たずして離婚した。