岩政大樹選手

夢と家庭の両立は可能か?元サッカー日本代表が選んだ「驚きの道」

プロからアマへ電撃移籍
元サッカー日本代表の岩政大樹さんは、鹿島アントラーズで長く活躍した後、ファジアーノ岡山、タイプレミアリーグを経て、2017年に関東一部リーグの東京ユナイテッドに移籍し周囲を驚かせました。小野寺史宜さんの小説『それ自体が奇跡』は、30歳のサラリーマンが、Jリーグ入りを目指すチーム(東京ユナイテッドがモデル)に加入し、「無償だけど本気のサッカー」に打ち込む小説です。常に新しい環境に身を置き、挑戦し続けてきた岩政さんは、この小説をどう読んだのでしょうか?

山口県の小さな島のサッカー少年

学校が終わると、駐車場で待つおじいちゃんのトラックに飛び乗る。40分かけて練習場へ向かう。定年を迎えたばかりのおじいちゃんは島でも有名な元気印だ。

トラックの中でいつも、おばあちゃんが持たせてくれた軽食を食べた。自家製みかんジュースとおにぎりが定番だ。おばあちゃんはみかん作りが生きがいの世話好きばあちゃんだ。

練習が終わると今度は両親の番。教師をしていた両親のどちらかが勤めを終えると、車で迎えにきてくれた。その頃まだ有料だった大島大橋を渡って家に帰った。

家に着くのは何時だったのだろう。

 

僕は小学生のとき、そんな日々を送っていた。「サッカーをやりたい」と言い出した僕のわがままから、岩政家の時間は僕を中心に回り始めた。

3つ上の兄は、僕に嫉妬するどころかずっと1番のサポーターだった。5人の家族はさもそれが当たり前のように僕のサッカーを応援し、サポートしてくれた。

僕は気づいていなかった。それ自体が奇跡であることに。

僕は、山口県周防大島町で生まれた。大島という名の小さな島。「星が降り注ぐ」という言葉が誇張に聞こえないほどの空の下、澄んだ空気と豊かな自然に囲まれて育った。

小学校の同級生は6人。学校にサッカーチームがあるはずもなく、県の大会に出るには島の外のチームに所属するしかなかった。

だから、サッカーをやるには家族の協力が必要不可欠だった。毎日の送り迎え、週末の試合観戦。子を持つ親、仕事に忙しいおじさんになった今なら分かる。「子どものため」とはいえ大変だったはずだ。

僕が「サッカーをする」ためには入り口から「近くの人を想う」がセットだったのだ。

小野寺史宜さんの小説『それ自体が奇跡』を読んで最初に浮かんだのは、サッカーを始めた頃の記憶だった。