指先で3ミクロンまで感じ取る!日本の科学を支える「超職人」の素顔

「一発で、最高のものを作るべし」
中川 隆夫, ブルーバックス編集部

あれこれ思案するなかで、接着から研磨まで水や油をいっさい使わない「乾式」を開発した。そしてその数ヵ月後、発見から50年ものあいだ「薄片化は不可能」と言われたイモゴライトの薄片作りにも、乾式研磨法で成功する。

イモゴライトは、1962年に火山灰土壌から発見された鉱物で、産地によっては水分を含んだゲル状で存在している。実物を見せてもらったが、「これが鉱物?」と思わずうなってしまうようなものだ。

一見すると、水中にある植物や海藻のように見える(写真7)。

写真7:イモゴライトのゲル。これが鉱物!写真7:イモゴライトのゲル。これが鉱物!?

「イモゴライトは天然ナノチューブで、火山灰の中にあります。ゲル状のものをいったん乾燥させると、もう元の状態には戻らないんです。

以前は、加熱して樹脂で固めてから研磨できる状態にしていました。しかし、『それでは、正確な薄片とは言えない』と私たちは考えていたんです」(平林さん)

「私たちの手法は、わかりやすく言うと、まずゲル中の水分をアルコールに変換して、さらに樹脂へと変換する。その二段階を何度も繰り返すのです。ゲルの水分を固められる樹脂へと置換するわけです(写真8)」(大和田さん)

写真8:イモゴライトの薄片。かつて薄片化は不可能と言われていたが、乾式研磨法で実現写真8:イモゴライトの薄片。かつて薄片化は不可能と言われていたが、乾式研磨法で実現

「薄くする作業に入るまで」が9割を占める仕事も

隊員一同、薄くすることばかりに感心していたら、こんどはその前提となる硬さや状態に注目しなければいけないことになった。

「みなさん、石ってどれも同じように硬いと思っていらっしゃいませんか? でも、石を構成する鉱物の硬さや状態は、それぞれみな違うんです」(平林さん)

硬さが極端に違う鉱物で構成される試料もあれば、鉱物の間に粘土が入っていて、それが水に浸したときに崩れるものもある。薄片は、それらをすべて平滑に薄くしなければならないのだ。

しかし、大和田さんによれば、「実は、そのような難しい試料の場合は、薄くする作業そのものより、その作業に入るまでが仕事の9割を占める」のだという。

たとえば、温泉の元になるような硫化物が粘土の中に含まれていると、接着剤が効果を発揮せず、スライドガラスに接着することができないのだ。

 

そして、薄く均一に削れてもまだ気が抜けない。最後にかぶせるカバーガラスの貼り方を失敗すると、内部に気泡が残ってしまうからだ。

「つい先日、世界初のある薄片を作ったんだけど、そこでも最後のカバー貼りで気泡を入れてしまったヤツがいてね……。うちの若いのに挑戦させたら大失敗。だから、この部屋のメンバーは運命共同体なんです」と大笑いする大和田さん。

できないのは「悔しい」

大和田さんにつられて隊員たちも笑っていたら、また新しい試料が出てきた。

「これを見てください」と平林さんがすすめた顕微鏡のなかには、白く、半透明の葉っぱのようなものが映っている。うっすらと、グラデーションのように線が外から内に描かれている。体内のレントゲン写真のようにも見える(写真9)。

写真9:この薄片の正体は……?写真9:この薄片の正体は……?

「これ、お米です」

え? お米!?

「遊んでるわけじゃないんですよ。福島のお米の、放射線の影響に関する農水省との共同研究で、お米を薄片化する依頼が来たんです」

次に見せてもらった試料は、全体の形からその"正体"がすぐにわかった(写真10)。

写真10:この薄片の写真10:これはいったい、何の薄片……!?

「歯、ですね」

「正解です。私の親不知(笑)。歯髄という組織が残った状態の薄片です。歯って、固い組織から柔らかい組織まで、すべて集まっているので、薄片を作るのが難しいんです。

特に歯髄というのは、水や油を加えるとどんどん取れてしまうし、強い薬品や加熱によってもなくなってしまう。それを乾式研磨法で行うと、歯髄の中の血管や神経細胞まで見ることができるんです」(平林さん)

他にも、玉虫などの生物(写真11)、岩石の薄片で作ったトンボの模型(写真12)やカマキリの模型(写真13)など、さまざまな薄片や技術を駆使した展示品を見せていただいた。

「私たちは、どんな岩石や鉱物にも対応できるよう、日々技術開発を行っています。その一環として、こういうふうに生物なども作ってみるんです」

写真11:薄片化された玉虫の全身像写真11:薄片化された玉虫の全身像
写真12:薄片パーツで作成したトンボの模型写真12:薄片パーツで作成したトンボの模型
写真13:薄片生物模型で最多、計143パーツからなるカマキリの模型写真13:薄片生物模型で最多、計143パーツからなるカマキリの模型

その原動力はなにか。大和田さんはきっぱりと言う。

「できないのは、悔しいから」

乾式研磨法の開発も、「できない」と白旗を揚げたくないから実現できたのだという。この職人的な取り組みが、日本の薄片技術を牽引している。

「研究者の中には、超難題な試料をもってきて『3日で作ってください』と言う人もいますが、『それは無理』って言うんです。

薄片は、30分でできるものもあれば、3~4ヵ月かかるものもあります。私が見れば、その試料を薄片化するのにどれくらいかかるかはすぐわかります。

そのなかで最高のものを作るのが私の使命。研究者が言ってくる作り方に合わせることはしません」

それが、大和田さんの流儀だ。

探検隊が偏光顕微鏡を通して見せてもらった薄片は、まさに切手サイズのアートだ。天然のステンドグラスのように、光を透過して輝いている。

一方で、研究者にとってはもちろん重要な試料であり、通常は表舞台に出てくるものではない。そんな薄片を、研究者よりもこだわりをもって作る人々──。

研究室の奥の部屋には、知られざる熱き世界が広がっていた。

取材協力:
[リンク]産総研
大和田さんと平林さん

大和田 朗(おおわだ・あきら)(写真:左)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地質情報基盤センター 地質標本館室 地質試料調製グループ キャリア主幹

平林 恵理(ひらばやし・えり)(写真:右)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地質情報基盤センター 地質標本館室 地質試料調製グループ 主査

地質試料調製グループでは「地質の調査」研究に不可欠な岩石試料等の薄片・研磨片等の作製を行い、地質調査総合センターの研究を支援しています。これまで顕微鏡観察が困難とされていた難試料の作製にも積極的に取り組み、新たな作製方法の開発や技術の向上に努めています。

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